午後になって少し暇ができて、昼ご飯調達しにいくかーと思ったところで秀が店に来ると言う。

 ふと思ったけど、和佳って彼氏がいるのをオープンにしていなかったはずで、今秀がお店に来ると、その辺色々と都合が悪いだろうか……とか思いながらころころたこ焼きを転がしているうちに、秀はお店に来てしまった。

 派手な黄色のクラスTシャツ。私たちは黒なので、対照的だ。蜂みたい。

「よっ。やってるじゃん」

 秀がにやりとしたので、私はわざとぶすっとした表情を作った。

「やってるよ」

 周囲が興味ありげな視線を送ってくる。別にまだ彼氏だと言ったわけでも、からかわれたわけでもないのに、急に恥ずかしくなってきて私は「キャベツありオアなし」とぶっきらぼうに訊いた。

「なし」

「じゃあありね」

「なんでだよ」

「野菜不足」

 私は唸りながらキャベツ入りの熱そうなやつを選んでぱっぱとパックに詰めた。

「マヨは?」

 秀がごくり、と生唾を吞んで私の顔色をうかがった。

「……いる?」

「じゃあかけるね」

 秀ががっくりとうなだれた。

「なんで今度はかけるんだよ……」

「冗談冗談」

 秀がマヨネーズ嫌いなのは知っている。

 ソースと鰹節と青のりをかけて渡してやると、「手際いいな」なんて言って、一つ摘まんで「美味い」と一言。さっさと行けばいいのに、次を焼く私の手元をちらちら見ている。

「……気が散るんだけど」

「どうぞ集中してください」

「いや、秀がそこにいると」

「頑張って」

 ぶすっとしてテントの中にふっと視線をやると、クラスメイトがにやにやしている。なんだよ、もう。

 気を遣われたのか、結局その後すぐに「休め休め」とテントを追い出されてしまって、私はなし崩し的に秀と一緒に盛況の文化祭へと繰り出す羽目になった。

 午後になって少し空は陰って、でも曇天ってほどじゃない。テントの中は熱かったけれど、こうして出歩くと半袖は少し肌寒い。

「腹減ってる?」

 たこ焼きを食べたばかりの秀に訊かれて、私はうなずいた。

「自分で焼いてるのに自分で食べられないって結構理不尽だよね。私飲食のアルバイトは絶対無理だと思った」

「ああそれ、伊織も言いそう……」

 秀はなにげなく言ったのだろうけど、私はぎくりとする。

「そういや三組も飲食だよ。確かクレープ。行ってみるか?」

 そうだ。確かに三組は、夏休み前にクレープを作ることに決まっていた。全然作り方とか、メニューとか、考えてなくて、夏休みに誰かの家で試作しようとか、そんな話になっていたような気がする。

「ええっと……甘い物の気分じゃないかな」

 別に和佳は、私以外の三組の人間と交流はなかっただろう。あのクラスに水泳部はいなかったはずだし。それでもなんとなく、かつてのクラスメイトに会うのは気後れした。廊下とかで、散々すれ違っているはずなのに、おかしな話だ。

「そっか。じゃあ、サッカー部の先輩が確かカレーうどん作ってた気がするからそっち行ってみるかな」

 私はふと、しゃべりながら歩いていく秀の背中に目が吸い寄せられた。

「変なTシャツ。なんの猫、それ」

「劇で出てくる魔法使いの猫」

 そうか。秀のクラスの劇はオリジナルなんだっけ。に、しても。

「バスケの話じゃなかった?」

「ちょっとファンタジー入ってるんだよな。おかげで照明が結構忙しくてさ。魔法っぽい演出をお手軽にできるんだよな、あの照明回してるとさ」

「ふーん……どんな魔法使うの?」

「それは見てのお楽しみ」

 それもそうだ。

 それから秀の先輩のところへいって、お昼に「煮込みカレーうどん」という微妙に文化祭らしからぬメニューを食べることになった。

「なんでカレーうどんなの。しかもなんで煮込みなの……」

 具材は鶏肉、にんじん、ネギ、かまぼこにゆで卵。たぶん麺はゆで置きで、それをカレースープで温めるように煮込んでから出てくる。意外と出てくるのが早い。

 肝心の味はというと、結構辛かった。

「……でもおいしい」

 にんじんがやわらかい。ネギの方はシャキッとしているので、全部一緒くたにして煮ているわけじゃないようだ。さらさらとしているけれど、しっかりカレーの味はするし、麺にもきちんと絡んでいる。出汁の良い香りもする。

 さすが三年生……と感心していると、横で秀がにやっとした。

「和佳辛いの好きだもんな」

 そうだっけ? まあ、確かに好き嫌いはない子だったけれど。

 私は辛いものはダメだ。たぶん元の体だったら食べられなかったけれど、和佳の体だと意外といけたから、そういうことなのかもしれない。秀は秀で、汗をだらだら流しながら食べていた。

 ――おい、村崎が女連れてきたぞ。
 ――よし、ハバネロもってこい。
 ――ハバネロなど生ぬるい。ジョロキア持ってこい。
 ――一味しかないよ。
 ――じゃあ一瓶入れろ。

 とかなんとか、不穏なやりとりがあって、本当に一瓶入れられたってことはないだろうけど、まあまあ刺激的な味ではあったようだ。そのやりとりで、秀はきっと彼女がいることを秘密にはしていないんだろうと思った。

 意外なメニューでお腹が膨れると、私たちは文化祭の喧噪へ戻った。

「午後は?」

「んーと、二時から店番」

「俺もそんなもんだ。じゃ、続きは明日だな」

 続き。そうか、そもそも一緒に回ろうと言っていたのは、二日目だったっけ。

 去年の文化祭、和佳は秀と回ったんだろうか。
 私のクラスはお化け屋敷、私は一応お化け役で、暗幕で包まれたクソ暑い教室でさらに布とか被ってテンプレートな幽霊を演じていたけど、秀と和佳が来たのは見なかった。二日目の午後は三人で回ったけれど、居心地が悪くてあんまり楽しくはなかった。

 私は、秀と和佳が並んで歩いているところを見たことがない。あまりうまく想像もできない。

 和佳はいつも、少し後ろをついていく。三人でいた頃も、私と秀が横並びで、和佳はだいたいその後ろをついてきた。秀と付き合ってからも、それは変わらなかった。

 私が二人に遠慮すると会話がなくなるので、結局私が一人でぺらぺらしゃべって二人に話題を振って……私がいなかったら、この二人はどんな会話をするんだろうと不思議だった。

 今、森宮和佳は村崎秀と二人きりだ。私たちは、普通にしゃべる。私は、秀の真横を歩く。

 それは、和佳に秀の隣を歩いてほしいと思うからだろうか。
 それとも、私がそうしたいからだろうか。

 わからないまま、私は秀の隣を歩き続けた。
 何度か手の甲と甲がぶつかって、そのたびに跳ねる心臓が、この文化祭の喧噪でも秀に聞こえてしまうんじゃないかって、一人でずっとどきどきしていた。