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 残暑がすっかり去り、日中でも涼しい空気が流れるようになった。半袖の生徒はさすがに減り、ちらほらとカーディガンや上着を羽織った生徒が見られるようになった。

 秋。私が和佳になって、実に三ヶ月近くが経とうとしている。

 文化祭当日は、澄んだ空が広がった。文化祭開幕の校内放送が流れ、校舎に拍手が響き渡る。

 私たちもひとしきり盛り上がった後、シフトに従って作業に入った。焼き担当と、仕込み担当、そして売り子担当。私は仕込み担当でスタートする。

 たこ焼きは、校庭に設営されたテント内で焼き上げる。基本的には店頭で売るけれど、売り子がパックを持って歩いて、売り歩くのもありだ。だいたいは女子だけど、お祭り好きな男子が着ぐるみを着たり、女装をしたりして、目立ちながら売りにいったりもする。

 とはいえ、大事なのはやはり味だ。
 私、別に料理にうるさくはないけれど、包丁がうまく使えるとなったらやっぱりうまく作りたいもんで、下ごしらえには結構こだわった。

 タコはきっちり1・5センチ角。食感が偏らないように、切る向きにも気をつける。生地はダマにならないように、水を数回に分けて混ぜる。卵を最初に混ぜるのが肝心だ。それからキャベツ……。

 たこ焼きってキャベツ入れる派と入れない派がいるらしくて、今回私たちはキャベツ入りとキャベツ抜き両方作るけど、私は断然キャベツ推し。

 自分が切りまくってるっていうのもあるけど、どろっとしたのが苦手なので、キャベツが入っている方が食感がしっかりする感じで好きだ。そんなわけで、キャベツもざくざく粗みじんにカット。

 準備した材料をテントに持っていくと、この日のために練習してきたという焼き担当がどんどん焼いている。油ちょっと多めで、しっかり皮をカリッとさせるのがポイント。この辺はみんな徹底している。

 売り子を見てるとふざけている印象が強い五組だけど、たこ焼きの本気度とのギャップで飲食部門の優秀賞を狙っている、らしい。

 私は別にトップに興味はなかったけれど、由佳ちゃんと秀が来るはずなので、自分が接客できる時間だけ教えておいた。あとはテントからの要請に合わせて具材を刻む、混ぜる、刻む、混ぜる、刻む……。

 脳内でキャベツがゲシュタルト崩壊を始めた頃、スマホが唸った。
「きたよー。お店にいないじゃん」

 由佳ちゃんだ。私は慌てて包丁を置き、「ごめんちょっと代わって」と家庭科室を飛び出した。

 廊下には文化祭らしい喧噪が満ちている。開幕からすでに一時間、一般のお客さんと在校生でごった返す三階の西棟を抜けて、中央階段から一階へ。

 人の出入りが激しい昇降口をなんとか脱すると、つま先をとんとん叩いてローファーに足を突っ込み、賑わう校庭へ足を踏み入れる。

 五組のテントまでは、たいした距離はないはずだったけれど、人混みのせいで少し時間がかかった。半袖のクラスTシャツに若干の汗を滲ませながらたどり着くと、由佳ちゃんはすでにたこ焼きをはふはふと頬張っている。近くにいるのは友だちかな。

「ふぁ。ほねぇふぁん」

「何先食べてんのよ」

 私は軽く由佳ちゃんの頭を小突きながら、テントの中に入った。

「だって、森宮和佳の妹ですって言ったらくれたんだもん」

「あげんなし。誰だよ」

 私はテント内のスタッフをにらみつけた。

「いやー、かわいい子にはあげちゃうでしょー。というわけでもう一個どう? 今度はキャベツ入り」

 中にいた男子が笑って、もう一つ爪楊枝をさしたたこ焼きをあげようとするのを私は慌てて取り上げた。

「私が焼くの。ちょっと代わって」

 それから気合いを入れて、キャベツ入りを四個、キャベツなしを四個焼いた。他のお客さんだって来るのに、その六個に付きっきりになる私を見てクラスメイトが笑う。由佳ちゃんも笑っている。ちょっと、こっちは真剣なんだよ。きっちり真円に仕上げるのに命賭けてんの。

 付きっきりになった甲斐あって綺麗に丸く仕上がった八個(二つはオマケだ)をパックに詰め、由佳ちゃんに渡した。

「おおー、丸い。すごい。それっぽい」

 そう言う由佳ちゃんの目もたこ焼きみたいにまん丸だ。

「それっぽいじゃないの。本物なの」

「うん。確かに。本物だ」

「熱いうちに食べなね」

「うん。ありがとー」

 由佳ちゃんは笑顔で手を振って、友だちと文化祭の喧噪の中へ消えていった。

「もりみー、妹いるんだね」

 テントの中にいた川村さんに言われて、私はうなずいた。

「妹、ずっとほしかったんだよね」

「うーん? 今いたよね、妹」

「あーあー、昔の話ね。小さい頃。妹がいたらいいなーってよく思ってたから、嬉しかったよ。妹ができたとき」

 半分くらい嘘で、半分くらい本当の話だった。

 うちは一人っ子で、兄弟姉妹がずっと羨ましかった。秀にはお姉さんがいるし、学校にも兄弟がいる友だちは多くて、彼らが兄弟の話を憎たらしそうに、けれど楽しそうにするたびに、どうして私には兄弟がいないんだろうといつも悔しかった。

 特に妹がほしかった。姉でもいいけれど、とにかく歳の近い、同性の姉妹がほしかった。

 由佳ちゃんはいい妹だ。しっかり者で、働き者で、でも年相応に好奇心も旺盛で、きっと友だちだって多い。

 それはたぶん、それだけ和佳が犠牲になったということなのかもしれない。由佳ちゃんも、それは感じている節があって、だから最近の彼女はやたらと私の家のことをやらせたがらないんだと思う。

 そういうところも含めて、いい子だ。いい、妹だ。

「もりみー、シスコンだね」

 川村さんがぼそっと深刻につぶやくので、テントの中に笑いが起きた。

「違うよ。そんなんじゃないでしょ。普通だよ普通」

 私が反抗すると、なぜかますます笑われた。

「いや森宮さんだと、ギャップも含めてシスコンだな」

「うん。なんか意外だった」

「でも見てるとあれだね、妹ちゃんの方がしっかりしてそうだね」

 散々な言われようである。
 私がぷんぷんしながら「そんなこと言うともうキャベツ切ってあげないから」と言うと、みんな慌てたように「うそうそ」となだめるのだった。