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 夏は終わり、秋が近づきつつあった。

 十月になると、うちの学校では文化祭が行われる。校内は盛り上がるけれど、夏休みの間、事故で丸々準備に関わらなかった私にとっては、微妙に居心地の悪い雰囲気だ。

 今日は家庭科室を借りて試作をすることになっていた。机の上に並べられた食材は紅ショウガ、卵に揚げ玉、ねぎ、鰹節、青のり、そしてタコ……どうやらうちのクラスはたこ焼きをやるらしい。

 ちょうどたこ焼き器の箱を持った男子がわらわらとやってきたので、どうやらその予想は当たりだった。

 私は、というと邪魔にならなさそうな教室の入り口で、ぼんやり片付け用のゴミ袋を広げていたのだが、

「ごめん、ちょっと通してー」

 背後からのんびりした声がして、私はぱっと振り向く。教室の入り口から、大きな段ボールが入ってこようとして、ゴツッと壁にぶつかった。

「あ、私反対持つよ!」

 とっさにゴミ袋を放り捨てて反対側を支えると、向こう側からひょこっと川村さんの顔が覗いた。

「おや、もりみーだったかー。ありがとー」

 いやー死ぬかと思った、と言って川村さんが微笑んだ。重量感のある段ボールの底はなにやら微妙に湿っている。

「なに入ってるのこれ」

「キャベツとソースとマヨネーズ? まあ、足りてない食材全般だねー」

「ああ……ないと思ったら」

 湿っているのは結露か、と納得しながら、私は川村さんと一緒にそれをテーブルの端まで運んだ。

 他のテーブルはすでにタコとねぎを切り始めている。高校生が包丁慣れしているはずもなく、あちこちで怪しげな悲鳴があがっているのを、私は川村さんと並んでぼんやり眺める。

「もりみー、包丁得意?」

「え、あー……」
 包丁なんて、家でもろくに握ったこともない。和佳になってからも、まだ握っていない。

 川村さんが包丁を二本持ってきて、そのうちの一つを危なっかしく握った。

「キャベツってどう切るのかな」

「粗めのみじん切りかな? あんまりたこ焼きの中にキャベツ感じたことないけど」

 ぶつぶつ言いながら、私ももう一本の包丁を握った。

 その後は、本当になんとなくだった。なんとなく洗ったキャベツを半分に切り、なんとなく当然のように芯を削いで、なんとなく端から千切りにして向きを変え、もう一度ザクザクザクと、

「あれ」

 私は手を止めた。目の前に、キャベツの粗みじん切りがこんもりとできていた。

「わーお、もりみーすごい。めっちゃ早ー」

 川村さんが大げさに拍手をするので、なんだなんだとクラスメイトが周囲に集まってきた。

「もう一回。もりみーもう一回ー」

「ええー……」

 と言いながら、また残り半分のキャベツを同じように切っていく。意識しなくとも手が勝手に動いて、これはどうやら、例の「体が覚えている」というやつのようだった。

「おおぉ……」

 沸き起こるささやかな拍手。私は苦笑いしてぺこぺこする。

「森宮さんがすごいぞ。ちょっとタコも切ってもらえ」

「おいタコなんか簡単に切れるだろ、ねぎ切らせろねぎ」

「ついでに卵と粉も混ぜてもらえ」

「もういっそ全部作ってもらえ」

 やんややんやとひとしきり盛り上がって、結局ねぎもタコもほとんど切らされてしまった。和佳の包丁さばきのすごいこと、誰かがやるよりも五倍くらい早いのだ。

「お母さんみたい」と言われてしまったのは、ちょっと笑えなかったけど、そう言いたくなる気持ちはわからなくもなかった。

 生地を混ぜて、たこ焼き器に火を入れて、油をしいて、いざ投入。みんなで竹串を持って、ああでもないこうでもないと生地を突き回す。

「もりみー、包丁はすごかったけど、たこ焼きはいまいちだね」

「うーん、やったことなくて……」

「おい、そっち早く回せ」

「転がせよー、焦げるぞ」

「ねえちょっと、これタコ入れた?」

「おいてめえ勝手にマヨネーズかけてんじゃねえ!」

 こういう騒がしい輪の中にいるのがなんだか懐かしくて、ほけーっと笑っていたら、「はいもりみー、味見」とたこ焼きを差し出される。試作第一号が焼きあがったようだ。

「焼きたてだよ。熱いよ」

「ああ、ありがと」

 私はつまようじの刺さったたこ焼きを一つ選び、ふーふーと少し冷ましてから、口に入れようとして、

「……え、なに?」

 なぜか周囲の視線が注がれていることに気づいた。

「いやー、森宮さん料理できそうだから、森宮さんが美味しいっていうかどうかは結構大事かなーって」

 近くにいた男子から苦笑いでそんなことを言われて、私も苦笑いする。まあ確かに、和佳は味にはうるさそうだ。

 一口で放り込むと、あまりカリッとしていない皮の内側からドロッと熱い中身があふれ出して、私ははふはふと悲鳴をあげた。熱すぎて味がよくわからな……っていうかこれ、なんか辛い!

「ちょっと……誰よ、わさび入れたの!」

 私が唸ると、ぎくりとしたように奥の男子の一団が首を竦めた。

「いや、ロシアンルーレット的な? 定番でしょ」

「試作でやる必要ないでしょ!」

「っていうかそれを一発で引くもりみー、なかなか持ってるねー」

 川村さんがのんきに言って、周囲がどっと笑った。

 いや、もう、なんだかな。つられて笑って、どうでもよくなってしまった。

「いいリアクションだったぜ」

 男子からそんなふうに親指を立てられて、しょうがなく親指を立て返す。

「よーし次焼こうぜ次。今度はからし突っ込むわ」

「やめんか馬鹿ども! ってかおまえらの作ったの肝心のタコが入ってねえんだよ!」

「まじか! すまねえ!」

 また笑いがこぼれて、なんだ、五組っていいクラスなんだなと思った。三組もいいクラスだと思ってたけど、それに負けないくらい、明るくて楽しいクラスだ。

 気がつくと、居心地の悪さはなくなっていた。楽しみかもしれない、文化祭。