結局夕飯も由佳ちゃんが作った。私たちは、それを二人で食べた。
 
 父親が帰ってきたのは、ずいぶんと遅くなってからだった。私の顔を見て、「大丈夫なのか?」とだけ訊いて、疲れた顔でテレビをつけた。
 
 由佳ちゃんは「おかえり」と言って微笑んだけれど、目は笑っていなかった。二人の目には、はっきりと疲れが浮かんでいた。
 
 いい雰囲気とは言いがたかった。
 私のせい、でもあると思うけど、百パーセントじゃないとも思う。たぶん、この家には普段もあまり会話はないのだろう。

 父の帰りはいつも遅くて、由佳ちゃんは(そして和佳も)当たり前のように家のことをやってきたのだろう。
 
 私は和佳の部屋に戻って、電気もつけないままベッドに寝転んだ。

 ねえ、和佳。
 どうして話してくれなかったの。

 話したいことじゃないのはわかる。
 大声で言いたいようなことじゃないのもわかる。

 だけど、普通に振る舞う必要もなかったよ。
 気を遣われたくなかったのかもしれないけど、私たちにそれくらいの気は遣わせてほしかったよ。

 夜空色のカーテンを開けると、窓から白い月の光が薄く差し込んだ。机の上の写真に手を伸ばす。月光にぼんやりと浮かび上がる笑顔の母親。あるべき姿。今はもうない、幻想の家族。

 和佳の顔に、なぜ違和感を覚えたのか、私は気づいた。いや、違和感があったのは今まで私が見ていた和佳の方だ。写真の中の和佳にはえくぼがある。でも、私は和佳のえくぼを見たことはない。

 私は起き上がって姿鏡の前に立つ。

 鏡の中には和佳がいる。無理矢理口角を上げて笑ってみると、少しえくぼができた。成長とともに薄れたのかもしれない。だけどこうして笑えばわかる。和佳はこんなふうに、はっきり口角を上げて笑ったことがなかったのだと気づく。

「……笑えなかったのかな」

 ここ数年間、母親が繋ぎ止めていたものを、和佳は必死に繋ぎ止めようとしていたのかもしれない。

 この家のことはわからないけれど、和佳のことは知っている。

 和佳はきっと、由佳ちゃんにはあまり負担をかけたくなかったはずだ。お父さんには、無理してほしくなかったはずだ。彼女は、そういう子だ。
 
 他人にあまり興味がない反動なのか、親しい人に対しては身をすり減らしてでも負担をかけまいとする。

 私は再びベッドに倒れ込んで、身を丸めた。なんだか、胸が苦しい。お腹がきりきりと痛む。明日から学校なのに、妙に疲れ果てている。

 私、あまりにも場違いだ。こんな難しい家族のために、私なんかがいったい何を言える。
 和佳ほどの覚悟も、強さも、責任感も、私にはこれっぽっちもないのに……。