その蝶は、千キロを軽く超す距離を、その脆そうな翅一つで超えてしまう。
 浅葱色をした翅からアサギマダラと呼ばれる。夏頃に日本の山間部で見られるようになり、その後気温の低下に伴い南下していく。
 
 成虫の寿命は四ヶ月から五ヶ月程度だが、その儚い一生をかけて、その小さな体に不釣り合いな大移動をする理由は今もよくわかっていないらしい。
 
 蝶は昔から、西洋・東洋問わず多くの国で死者の使いだとされてきた。日本にも蝶の死にまつわる伝承は多く残っている。お盆の時期や、夜に見る蝶は不吉の象徴だという地域もある。黒い蝶や白い蝶を、死の前兆だとする人もいる。
 
 距離にして千キロ。個体によっては、二千キロ。夏の蒼空に、その翅を溶け込ませるようにして飛んでいくアサギマダラ。蝶が死者の乗り物だというのなら、彼らは一体、どこまでその御魂を運んでいくのだろう。
 
 あの日、確かに蝶を見た。
 透き通って淡く光を放つ、神秘的な翅。アサギマダラのような、薄青い、とても綺麗な翅。
 
 きっと、あの子の魂を乗せていたのだろうと、今となってはそう思う。