龍ノ里島を始めとする離島には、風力発電や海流発電、太陽光発電の施設がたくさん建てられている。住む人が減って余った土地を、次世代エネルギーの発電施設の実験場として、いろんな企業に貸しているためだそうだ。
スバルさんも実は、大きな重工業会社の社員として龍ノ里島に派遣されている。島暮らしの気楽な格好で発電施設を管理する仕事で、都会のオフィスでネクタイを締めて働くのと同じ給料をもらっているらしい。
「後悔や未練、スバルさんにもありますか?」
「もちろんあるよ。ぼくも一度は島を離れて暮らしたことがあるから、ここの不便さは身に染みてわかる。コンビニもファーストフード店もない。新聞の朝刊は夕方にしか届かない。台風が来たら船が止まって、店から商品が消えてしまったりね」
「ぼくはまだここに来て二日目で、きれいな場所だなってくらいにしか思っていないけど、生活するのはやっぱり大変なんですね」
「大変だ。でも、ぼくは島が好きなんだよ。龍ノ里島は特にね、生まれ故郷ではないのに、すごくなつかしい。できれば龍ノ里島から離れたくないけど、八月いっぱいで全員移住するって決まっちゃったから、こればっかりは仕方ないな」
最後の夏、と田宮先生から聞いたとき、どういう意味かと質問した。何かの比喩かと思った。でも、島に人が住む最後なんだと、本当に文字どおりの意味なんだと説明されて、言葉に詰まった。そんな寂しい場所が日本にあるなんて、想像したこともなかった。
「人がいなくなって、建物だけ残るんですか?」
「うん。家も学校も神社も波止場も、そのまま残していく。だんだん自然が呑み込んで、いつか壊れてしまうのを待つ。壊そうにも、ここには重機もないし、予算も付かない。どうしようもないんだ」
「廃墟の島になるんですね。スバルさんが龍ノ里島に来たのは、八年くらい前でしたっけ? そのころには、ここが無人島になるなんて予想できなかったんじゃないですか?」
「いや、わかってたよ。こんなに早いとは思ってなかったけど、いつかはきっと、人が全員いなくなるのはわかってた。龍ノ里島との別れは、最初から覚悟してた」
「覚悟しなきゃいけないのに、ここに来たんですか? どうして?」
スバルさんは、嘘偽りのない笑顔で答えた。
「好きだから。ユリトくんは、出会った瞬間に魂が震える体験をしたこと、ない?」
「魂が震える、ですか?」
「ありふれた表現で申し訳ない。人でも島でも町でも、研究や興味の対象でも何でもいいんだけど、その理由を言葉で表せないくらい本気で、一瞬で好きになってしまうものって、あると思うんだ。そういうとき、魂が震える」
「わかる気がします」
おれにとって、プラモートがそうだった。一台六百円、全長十五センチちょっとの自動車模型。
かつてはブームになったらしいけれど、おれが小さいころなんて、まわりの子どもは誰もプラモートをやっていなかった。たまたま近所に模型屋があって、たまたまそこにプラモートが売られていて、たいして高くないことがわかって、お小遣いで買ってみたんだ。
指先に神経を集中して、父親に借りた工具を使って、細かいパーツを組み立てる。プラスチック製の小さなギザギザの組み合わせがモーターの回転を車軸に伝えて、コインくらいの直径のタイヤが勢いよく回る。シンプルなおもちゃだ。
シャーシに動力を組み込んで、ボディをかぶせて、キャッチを留めて、車体の裏のスイッチを初めてオンにした瞬間、その軽快なモーター音のとりこになった。家の狭い廊下を疾走するプラモートの雄姿は、すごくキラキラしていた。
スバルさんは、優しい声で噛みしめるように語る。
「ぼくが龍ノ里島を選んだ理由は、特にないよ。ただ、どうしようもなく心を惹かれただけ。大好きなこの島の最後の時間に居合わせることができるのは、きっと幸運だ。こんな寂しさを味わえば、ぼくは一生、この島が好きだったことを忘れないだろうから」
終わってほしくないと願っても、必ずいつか終わりは訪れる。島も人間も同じだと、カイリが言っていた。
窓の外からハルタの大声が聞こえてきた。釣りから戻ってきたらしい。スバルさんがクスッと笑った。
「ハルタくんは元気がいいね」
「うるさくて、すみません」
「いやいや。ああいう元気いっぱいの男の子は、昔からうらやましかった。ぼくは本が好きなインドア派だったからね。今思えば、もったいないな。せっかく島で暮らしていたんだから、もっと外で遊んでおけばよかったよ」
ただいまーっ! と、ハルタが勢いよく玄関を開ける音がした。カイリが少し笑っているのも聞こえた。
ああ、まただ。ハルタばっかり、カイリと仲良くしている。あっという間に人と友達になって、一生忘れられないくらいの思い出を簡単に作ってみせる。
うらやましいを通り越した嫉妬が、おれの胸の奥に、じわりと黒い染みを作った。頭痛がぶり返してきた。
スバルさんも実は、大きな重工業会社の社員として龍ノ里島に派遣されている。島暮らしの気楽な格好で発電施設を管理する仕事で、都会のオフィスでネクタイを締めて働くのと同じ給料をもらっているらしい。
「後悔や未練、スバルさんにもありますか?」
「もちろんあるよ。ぼくも一度は島を離れて暮らしたことがあるから、ここの不便さは身に染みてわかる。コンビニもファーストフード店もない。新聞の朝刊は夕方にしか届かない。台風が来たら船が止まって、店から商品が消えてしまったりね」
「ぼくはまだここに来て二日目で、きれいな場所だなってくらいにしか思っていないけど、生活するのはやっぱり大変なんですね」
「大変だ。でも、ぼくは島が好きなんだよ。龍ノ里島は特にね、生まれ故郷ではないのに、すごくなつかしい。できれば龍ノ里島から離れたくないけど、八月いっぱいで全員移住するって決まっちゃったから、こればっかりは仕方ないな」
最後の夏、と田宮先生から聞いたとき、どういう意味かと質問した。何かの比喩かと思った。でも、島に人が住む最後なんだと、本当に文字どおりの意味なんだと説明されて、言葉に詰まった。そんな寂しい場所が日本にあるなんて、想像したこともなかった。
「人がいなくなって、建物だけ残るんですか?」
「うん。家も学校も神社も波止場も、そのまま残していく。だんだん自然が呑み込んで、いつか壊れてしまうのを待つ。壊そうにも、ここには重機もないし、予算も付かない。どうしようもないんだ」
「廃墟の島になるんですね。スバルさんが龍ノ里島に来たのは、八年くらい前でしたっけ? そのころには、ここが無人島になるなんて予想できなかったんじゃないですか?」
「いや、わかってたよ。こんなに早いとは思ってなかったけど、いつかはきっと、人が全員いなくなるのはわかってた。龍ノ里島との別れは、最初から覚悟してた」
「覚悟しなきゃいけないのに、ここに来たんですか? どうして?」
スバルさんは、嘘偽りのない笑顔で答えた。
「好きだから。ユリトくんは、出会った瞬間に魂が震える体験をしたこと、ない?」
「魂が震える、ですか?」
「ありふれた表現で申し訳ない。人でも島でも町でも、研究や興味の対象でも何でもいいんだけど、その理由を言葉で表せないくらい本気で、一瞬で好きになってしまうものって、あると思うんだ。そういうとき、魂が震える」
「わかる気がします」
おれにとって、プラモートがそうだった。一台六百円、全長十五センチちょっとの自動車模型。
かつてはブームになったらしいけれど、おれが小さいころなんて、まわりの子どもは誰もプラモートをやっていなかった。たまたま近所に模型屋があって、たまたまそこにプラモートが売られていて、たいして高くないことがわかって、お小遣いで買ってみたんだ。
指先に神経を集中して、父親に借りた工具を使って、細かいパーツを組み立てる。プラスチック製の小さなギザギザの組み合わせがモーターの回転を車軸に伝えて、コインくらいの直径のタイヤが勢いよく回る。シンプルなおもちゃだ。
シャーシに動力を組み込んで、ボディをかぶせて、キャッチを留めて、車体の裏のスイッチを初めてオンにした瞬間、その軽快なモーター音のとりこになった。家の狭い廊下を疾走するプラモートの雄姿は、すごくキラキラしていた。
スバルさんは、優しい声で噛みしめるように語る。
「ぼくが龍ノ里島を選んだ理由は、特にないよ。ただ、どうしようもなく心を惹かれただけ。大好きなこの島の最後の時間に居合わせることができるのは、きっと幸運だ。こんな寂しさを味わえば、ぼくは一生、この島が好きだったことを忘れないだろうから」
終わってほしくないと願っても、必ずいつか終わりは訪れる。島も人間も同じだと、カイリが言っていた。
窓の外からハルタの大声が聞こえてきた。釣りから戻ってきたらしい。スバルさんがクスッと笑った。
「ハルタくんは元気がいいね」
「うるさくて、すみません」
「いやいや。ああいう元気いっぱいの男の子は、昔からうらやましかった。ぼくは本が好きなインドア派だったからね。今思えば、もったいないな。せっかく島で暮らしていたんだから、もっと外で遊んでおけばよかったよ」
ただいまーっ! と、ハルタが勢いよく玄関を開ける音がした。カイリが少し笑っているのも聞こえた。
ああ、まただ。ハルタばっかり、カイリと仲良くしている。あっという間に人と友達になって、一生忘れられないくらいの思い出を簡単に作ってみせる。
うらやましいを通り越した嫉妬が、おれの胸の奥に、じわりと黒い染みを作った。頭痛がぶり返してきた。