♪side:航大

自然に目が覚めた。酷い二日酔いで頭痛に襲われる。気持ち悪くはなかった。
夢を見ていた。天井の傷の数を数えていて、眠気なんて無かったはずなのに、いつの間にか寝落ちてしまっていた。
忘れようとして忘れられなかったあの日の夢を、酒に酔い潰れる度に見てしまう。記憶が蘇ると、名前も蘇る。あの半年の感情や関係に名前をつけるとしたら、どんなものになるのだろうか。大抵の人は友達以上恋人未満とか、セフレとか、そういったありきたりな名前をつけるのだと思う。俺は別に詩人とかではないから、どうせくだらない名前をつけて終わってしまうんだろうなと思う。実際、俺は七海の事をほとんど何も知らないまま終わってしまった関係なのだから。
あれを青春と呼ぶのならそうなのだろうし、白昼夢って言われるのなら、それもそうなんだろうと思う。大事にしてたつもりで、大事にしてたのは実は七海の身体だけで、心は蔑ろにしてしまっていた。毎回同じ夢にそう気付かされる。もう取り戻せない日々を夢に見るなんて、本当にくだらないと思う。売れてないバンドの歌詞にすらならない様な、そんな思い出を俺はずっと抱えていかなければならない。一人で勝手にそんなことを考えて、思考回路に負のスイッチが入った。多分、今日はもうポジティブにものを考えることは出来ない。
部屋に翔一がいないことと、テーブルの上の置き手紙に気づいたのはそれからもう少し後だった。
「大学行ってくる」なんて書いてはいるが、どうせ一番後ろの席で突っ伏して寝てるんだろうな。と、その光景を想像して、鼻で笑う。その辺の女の人なんかより、七海の事より、何より翔一の事が今なら一番よくわかる気がする。気がするというだけだから、その想像が合っている保証も根拠も無い。
本当にやることがなくて、でも余計なことは考えたくなくて、どうしようかと迷う。自分の気を紛らわせてくれるのは結局、翔一とラジオと大学だけなんだと思う。
いつの間にか喋らなくなっていたラジオの電源をまた入れる。ノイズだらけの音でいつものトーク番組が流れ始めた。周波数を微調整して音をクリアにする。ちょうど朝のコーナーが始まったタイミングだった。
「おはようございます、皆さん。今日も元気にいきましょう。ということで、菅野雅博の朝イチジャパンのコーナーですパーソナリティはもちろん私、菅野雅博と」
「田村麻友がお送り致します」
「さっそくですが田村さん。今日のテーマ、なんだと思いますか?」
「難しいですね。この前が恋愛で、その前が映画で、繋がりが無さすぎます……って事で、分からないです」
「ちょっと意地悪すぎましたね。でも今回のテーマは前回と繋がりのあるものなんですよ」
「もったいぶらないで教えてくださいよ。てか、教えてくれないとトークも何も無いですよ」
「すみません。では気を取り直して、今回のテーマは同性愛について話していこうと思います」
「へぇ、同性愛ですか。なかなか珍しいテーマですね」
「確かに珍しいですよね。ですがこのテーマに関するハガキが最近多くなってきてるので、前後編として今回と次回で取り上げていきたいと思います」
「え、そうなんですね。最近同性愛って、増えてきてるんですかねぇ」
……
確かに俺も同性愛なんてものをしっかり考えてみたことは無い。同じ大学の文系学部ならジェンダー論あたりでやってるのかもしれないが、別に興味もない。ただ、男が男を好きになろうが女が女を好きになろうが、それは自由だと思う。別に異性を好きにならなければならないという法律は確か無かったはず。
何枚かハガキが読まれて、それに一つ一つコメントをして、いつもの流れで番組が進んでいく。やっぱりろくに聞きもせずに、ぼやっとしている。十五分と経たずにすぐ番組が終わる。コマーシャルが流れて、また次の番組に移る。
本当に聞きたいラジオなんて特に無い。自分の書いたハガキが読まれるかどうか、そればかり気にしていたりする。常にラジオをつけている理由も特には無いが、強いて挙げるなら、この少しザラついたいかにもアナログという感じの音が好きなんだと思う。だから、常にラジオをつけているし、ほとんどを聞き流している。ちゃんと聞いているのは、自分がハガキを送ったコーナーだけだった。周りはきっとつまらないと言うのだろうけど、俺の唯一と言っていい趣味だった。
翔一はラジオを好きになってくれるだろうか。少しでもハガキを書いてくれるようになるだろうか。別に強要するつもりは無い。でも、親友と一緒にひとつの趣味を共有して笑い合う、そんな日常に憧れていたりもする。
ボサボサの頭で寝ぼけたまま、部屋のぬるい空気をかき混ぜるだけの扇風機の風にあたる。今日もまた暑くなりそうだった。