バイトは休みが続いていた。夢飼いは学生相手の定食屋だから、学生が春休みの期間には利用者が減る。バイトのシフトも当然、少なくなる。
 何も予定が入っていないのは、わたしにとっては休息にならなかった。一人の時間が増えると、食べて吐くか、ピアスを開けるか、腕を切るか、そんなことばかりしてしまう。

 薬を吐いてしまって以降、睡眠導入剤や鎮痛剤の効きが鈍くなったように感じた。一度に飲む薬の量が増えた。三月下旬だというのに、わたしはいつも寒くて震えていた。

 その日ドラッグストアに行ったのは、食べ物を買うためだった。カゴを手にして店内を徘徊し始めたときだ。
 唐突だった。音が、わたしの全身を貫いた。アップテンポな轟音の乱舞、爽やかに明るい曲調。

 その瞬間まで有線放送の店内BGMが流れていることさえ気付かなかったのに、曲が始まった瞬間に空気が変わった。音量が上がったわけではなかっただろうし、知っている曲だったわけでもなかった。けれど、なぜだか、その曲はわたしをとらえた。

 しなやかに伸びる、少年のように尖った、不思議な声だった。強がるみたいなロックサウンドを背景に「彼」は歌った。
 包帯で無理やり覆い隠したわたしの心に、ずかずかと踏み入ってくるような歌だった。

 感情なんてないふりをして、そのくせ本当はひそかに傷付いている寂しがりやの女の子。怖がらずに、正直な笑顔や涙をどうか見せてほしい。受け止めるから。
 そんなふうに「彼」は歌う。

「何、言ってんの……?」
 ふざけんじゃないよ、と思った。怒りが湧いた。

 何を勝手なこと言っているんだろう? 何さまのつもり? 優しさのつもり? あんたに何がわかる? 一人で平気だって、必死で心を凍らせてきた。そうやってどうにか自分を守ってきたのに、何で全部明かしてみせろなんて言う?
 煮えくりかえる感情が、涙になってあふれた。全身を揺さぶる音と声に、あらがえなかった。我を忘れるほど衝撃的な歌だった。

 わたしは、気付いたら部屋にいて、ネットで調べていた。
 二〇〇四年三月リリース。BUMP OF CHICKEN『アルエ』。すでにリリースされていたアルバム『FLAME VEIN』からのシングルカット。彼らの通算七枚目のシングル。

 BUMP OF CHICKENの曲を片っ端から聴いた。素裸の心をさらして歌う痛みが、わたしの胸に突き刺さった。
 そうだったのか。「彼」のほうこそ、生きる意味を探して苦しんでいる。孤独の形を知ろうとして、音と言葉を求めている。だから、心の包帯をほどいて血の赤さを目撃したいと望むんだ。その赤色が、自分の心の流す赤色を同じであるかどうか、見てみたいから。

 彼らの唄を聴きながら、わたしは、悲しいわけではなかった。何を感じているのか、わけがわからなかった。でも、わたしは声を上げて泣いた。
 わたしも言葉を綴りたいのに。唄を歌いたいのに。物語を描きたいのに。誰かの心と共鳴したいのに。
 どうしてわたしは、自分で掘った暗い穴の底に落ちていくような、こんな毎日を送っているんだろう?

 みじめだった。でも、わたしはBUMPを聴き続けた。聴いている間は、過食や自傷の衝動は起こらなかった。彼らはわたしにとって、ようやく出会った小さな救いだった。