普通じゃないことがカッコいいみたいな、壊れがちなほうがカッコいいみたいな。そういうのに憧れる年ごろ。そういうのが流行っている年代。
 だから、ひとみは男子からの告白を断って、わたしとデートしたがる。わたしとデートしながら、本命は平田先生なんだとほのめかす。

 メチャクチャだ。もちろんわたしだってもっとメチャクチャだけれど、でもひとみは、他人を巻き込んでこんなこと。しかも、ひとみは無邪気な顔して、巻き込んでいるなんてみじんも思っていない様子で。
 わたしが恋愛を否定する主義だから、まだよかったよね。好きな相手がいる人を王子さま役に選んでしまったら、かなりひどいことになっていたはずだよ。

 スーッと冷めた気持ちになったのは、自分の心を守るためだったかもしれない。辛うじていちばん身近と言えるはずのひとみが、精神的にはすごく遠いことがよくわかった。そこに寂しさを感じないためには、心を凍らせておく必要があった。

 ねえ、ケリー。わたしのダイヤモンド。わたしには、わたしの恋人を名乗りたがる女の子がいるよ。わたしは彼女に恋をしない。でも、それを言っちゃってもいいのかな。誰にもこんなこと相談できない。頭の中に住んでいるダイヤモンド、きみにしか相談できない。

 やがて、上田と尾崎が合流した。尾崎はやっぱり普段よりも、女としての自分を強調しているように見えた。上田はけっこう冷静で、むしろ冷淡だった。
 夕食のファミレスで、上田とわたしだけになるタイミングがあった。上田はこっそり言った。

「誰かと一緒に買い物に出たことって、中学時代に菅野とちょっと遊んだことがあるくらいなんだけど」
 久しぶりに菅野という名前を聞いた。小柄な野球部の、ひどく無邪気なやつ。男子校に行った。

 ちょっと言葉を切った上田は、ため息交じりに続きを言った。
「さすがにやっぱり、女子のペースに合わせるのは疲れるね。悪口のつもりじゃないけど、ずっと誰かと一緒に行動するっていうのは、ぼくは慣れてないから、けっこうきつい」

「尾崎はきみといたいんじゃない?」
 上田はビックリしたように視線を上げた。
「蒼さんにそんなこと言われるなんて思わなかった。そういうところ、見てるんだ? いや、見てるよね。文芸部誌のホームステイのラブストーリーも、すごいリアルだったし。蒼さんの実話なんじゃないかって思うくらい」

「それは違う。わたし自身は、恋には興味ない。まわりのことは、ちょっとは見えるけど」
「見える? 本当に? 本当にちゃんと見てる?」
「本当は見たくない。まわりのことなんて。学校という世界は、やっぱり嫌いだから。でも、成績を上げるために便利だから通ってやる。そういうつもりでいるの。わたしは誰とも馴れ合わない」

 上田は小さく笑った。
「ハッキリ言葉で聞いちゃうと、蒼さんはそういうタイプだってわかっていても、やっぱり寂しいな」
「寂しい?」
「ぼくの勝手な感情だけどね。一匹狼で、どこまで行くつもり? 高校を卒業するまで? それとも一生?」

「卒業よりも一生のほうが長いのかな。わたしにはそれもわからない。いつまで生きていられるのか、って。生きていたいわけでもないし」
「そろそろやめて。本当に、寂しいっていうか、いろんな感情が引っ張り出されてあふれてしまいそうになるから、もう言わないでよ。でもね、今日は疲れたけど、学校がないのに蒼さんに会えたのは、ぼくにとっては……」

 上田はそこまでしか言わなかった。言葉の続きがわかるような気もしたけれど、わたしは考えたくなかった。
 いびつなダブルデートの終わりには、バスの中でひとみがわたしに寄り掛かって眠った。わたしはその体温の柔らかさにおびえながら、ぐちゃぐちゃする感情を片っ端から箱に詰めて凍らせた。

 みんな恋をしている。わたしは恋を否定している。だって、意味がわからないから。
 恋よりもよほど強い感情が、わたしにはある。わたしはわたしが憎い。どうしてわたしを殺してしまわないんだろうと、ことあるごとに思ってしまうほど、わたしはわたしが憎い。

 自分への憎しみで埋まった胸に、ほかの要素が入ってくる隙間はほんの少ししかなくて、そこにはミネソタでの思い出が入っている。恋は邪魔で、いらない。いらないものを押し付ける人も、消えてしまえばいい。

 ケリーとブレットにクリスマスカードを送った。本音をつづった近況なんて、同封できなかった。
 クリスマスには模試があった。遊ぶ余裕のないことを嘆いてみせる人も多かったけれど、わたしはラッキーだと思った。恋人のイベントなんて、どうだっていい。