楽しい時間はあっという間に過ぎるって、それは本当だ。
 学校では、日本人とホストファミリーが別々に過ごす時間が設けられるようになった。フェアウェルパーティー、つまりお別れ会ではそれぞれが相手のために出し物する。その準備の時間だ。

 総勢十五人の日本人は何組かのグループに分かれて、自分たちの得意なことをやるという流れになった。
 一人で空手の型を披露する子もいる。四人でチームを作って、日本から持ってきたCDに合わせてダンスをする子たちもいる。桃太郎の紙芝居をするのだと言って、イラストとシナリオを書き始めたグループもある。

 CDプレーヤーやピアノやギターは自由に使っていいと言われた。わたしはちょっと考えた。人前での出し物って、どうしようか。わたしにできることはある。今なら、歌とギターを思い出せるんじゃないか。

 竜也がわたしに訊いた。
「蒼さんは何をするんですか?」
「思い出せたらね、ギターを弾こうかなって。弾き語り、前はできてたから」
「えっ、すごい。聴いてみたいです」

 わたしはギターを構えてみた。ピアノの練習をしている子に音をもらって、六本の弦のチューニングをする。
 ここに楽譜はない。丸ごと覚えている曲は、たった一曲。わたしが初めて覚えた曲だけなら、英語の歌詞もギターを弾く指も、忘れることもなく身に付いている。

 カーペンターズの『トップ・オブ・ザ・ワールド』。中学一年生のころ、英語の単語も文法もわからないまま丸暗記した。シンプルなコード進行をつたない指遣いで覚えて、どうにか最後まで弾けるようになった。
 何年ぶりだっけ? わたし自身も意外だったけれど、わたしは完璧に『トップ・オブ・ザ・ワールド』を覚えていた。
 運指にちょっとつまずきながら最後まで弾き語ると、竜也が手を叩いて提案してきた。

「この曲だったら、おれ、ハモれますよ。中学のころ、音楽の先生の趣味で、この曲の合唱をやったんです」
「じゃあ、フェアウェルパーティー、二人でこれやる?」
「おれが一緒で蒼さんの負担にならないんなら、ぜひよろしくお願いします」
「負担とかはないよ。つっかえないように練習しなきゃ」

「おれも、ちゃんとハモれるように頑張ります。蒼さんの声、すごいきれいですね。今さらですけど。もともときれいな声だなって思ってましたよ。だけど、歌ったら本当にきれい」
「そうかな?」
「そうですよ」
「……久しぶりに歌った。歌い方、忘れてなくてよかった」

 ミネソタに着いてすぐの数日間は喉がかれてしまった。いつの間にか回復して、今は歌い方まで思い出している。

「蒼さんは音楽系の部活とか、やってないんですか? まあ、進学校でしたっけ。忙しいですよね」
「そうだね」
「おれのところもけっこう忙しいんですよ。あ、うちも進学校なんですよ」
「ホームステイ、許可が下りにくかったんじゃない?」

「それなりに苦労しました。でも。どうしてもおれ、外国っていう場所に触れてみたくて。もう必死で先生たちを片っ端から説得して、やっとのことでここに来たんです」
「わたしは担任の先生の勧めでね。ほかの先生たちに対しては、説得っていうか、夏休みの課題を出発前に全部やるっていうのを条件に、無理やり納得してもらったけど」

 竜也は肩をすくめた。
「高校生って不自由ですよね。大学生になったらやりたいことがもっと自由にできるのかなって思います」
「大学か」

「蒼さんの志望校、どこですか?」
「まだ決めてない。でも、担任やイチロー先生からは、響告大学の文学部に行けって言われる」
「響告大学。すごいですね。って言っても、実はおれも狙ってるんですけど。そっか。蒼さも目指すことになるようだったら、おれも本気出して頑張らなきゃな」

 竜也は内緒話みたいに声をひそめながら笑った。
 大学生になるというイメージが初めてわたしの中に生まれたのは、竜也と話したこのときだ。大学に受かって家を離れるときは、ギターケースの埃を拭って持っていこう、と決めた。そこでわたしはもう一度わたしに戻れるかもしれない、と思った。