学校が好きか嫌いかなんて、考えたこともなかった。考える必要がなかったんだ。それまで、わたしはごく普通に学校に通うことができていたのだから。

 夜に眠れなくなったのが先か、朝に起きられなくなったのが先か。
 気が付いたら、起き上がれないほどの重苦しい頭痛の朝が続いていた。毎朝、体が冷えて、指先が動かなかった。

 四月下旬だ。春の遠足の日は汗ばむ陽気だったし、それから毎日どんどん暖かくなってきている。そもそも、引っ越してきたばかりの琴野町《ことのちょう》は一年を通して暖かく、冬場だって氷点下になる日がなくて、雪もめったに降らない。

 それなのに、わたしは毎朝、凍えながら布団にくるまって、浅い夢の中でうなされている。起こしに来る母が心配するくらい、本当に毎朝。
 うなされているのは、頭が痛くてたまらないせいだ。無理やり起きて朝ごはんを胃に押し込んだら、急に胃がキリキリと痛んで耐えられなくて、吐いてしまった。

 その日は学校を休んだ。昼間は食事もせずに、死んだように寝ていた。おかげで、夜は眠れなかった。翌朝はまた頭痛と吐き気で学校を休んだ。
 おかしい。何かのバランスが壊れている。

 休み続けて、そのままゴールデンウィークに入ってしまった。休日の朝も、わたしは起きられなかった。親に病院へ行くことをすすめられた。わたしは「イヤだ」と言った。
 病院に行って検査をしたところで、体に異常はないはずだ。それが自分ではわかる。
 じゃあ何がおかしいのかって、たぶん、新しい学校の空気を「キモチワルイ」と感じてしまう心のほうだ。

 わたしはこの四月、転校生だった。始業式、学年集会でのあいさつ、学力テスト、健康診断、部活からの勧誘、遠足。いろいろあって、忙しかった。毎日ぐったり疲れ果てていた。
 前の学校は、全校で百六十人。いなかの小さな学校だった。新しい学校は、七百人規模。新興のベッドタウンが校区内にあって、毎月何人かが転入してくるようなところだ。

 よく言えば活気があるけれど、ハッキリ言って落ち着きがない。人口が多い反面、駅ビルやショッピングモールはなくて、都会とはいえない。古くから琴野町に住む人とベッドタウンに家を建てたばかりの人の間に、みぞのようなものがある。

 とげとげしい、と思った。空気が優しくない。
 どうしてそう感じたのかというと、女子も男子も楽しそうに興じるおしゃべりのテーマが「誰かの悪口」だからだ。

 あっちからもこっちからも派手な笑い声が聞こえると思えば、先生だとか先輩だとか、欠席しているクラスメイトだとか、別のクラスの有名人だとか、とにかく誰かをバカにして、その人の物真似をしたりしている。
 ゲラゲラ笑い転げる輪の中に誘われて、昼休みを一緒に過ごした日があった。自分の顔が引きつっているのがわかった。胃がキリキリした。

「ごめん、ちょっとトイレ」
 隣にいた子に断って、輪を抜ける。
「一緒に行こうかー?」
 大声で言われる。
「ウチも行こっかなー?」
「あっ、ウチもー」
 ぞろぞろついてこようとする。

 わたしは振り返って、作り笑顔で答えた。
「もう校内の配置とか頭に入ったし、迷わないから大丈夫。ありがとう」
 ついてくるな。そう吐き捨ててしまいたかった。

 この一件が決定打だった。わたしは最初から友達なんか作るつもりもなかったけれど、琴野中学校は絶対に無理だと思った。何でこんな学校に通うことになっちゃったんだろう?
 一人で過ごそうと決めた。もともと、一人でいても平気なタイプだ。
 開き直ったつもりだった。でも、聞こえてくるまわりの声は、どうしたって、うっとうしかった。

 気晴らしをしたい。どこか遠くに行きたい。
 何となく、そんなことを考えた。だから五月の連休の初日の朝、衝動的に列車に乗った。向かった先は、前に住んでいた木場山郷《こばやまごう》だ。

 わたしはケータイを持っていなかった。一九九八年の話だ。仕事をしている大人なら、半分くらいはケータイを持っていただろうか。家にインターネットがあるのは、全体の半分くらいだっただろうか。そんな時代だった。

 わたしは、乗り換えの駅で、家に電話をかけた。
「木場山に行ってくる」
 親は慌てていた。わたしはろくに受け答えをせずに、いちばん仲のよかったひとみに電話をかけた。
「今日、ちょっと会える?」

 とんとん拍子で話がまとまって、わたしはその晩、ひとみの家に泊めてもらうことになった。着替えも何も持っていなかったし、ひとみの家に上がるのも初めてだったけれど。
 ちょうど、ひとみは部活のために学校に向かおうとするところだった。わたしが乗る、山道を行く列車が木場山郷に着くのは、ひとみの部活が終わる昼ごろだ。わたしは、学校でひとみと落ち合うことにした。

 列車を使ったことは、あまりない。木場山郷を離れて買い物や旅行に出るときは、親が運転する車に乗っていた。木場山郷の住人にとって、二両編成の列車は、車を運転しない世代のお年寄りが町の病院へ行くためのものだった。

 淡い色の若葉がキラキラする五月初めの山の景色。花が咲いている。蝶が飛んでいる。窓を開ければ、きっと、うぐいすの声が聞こえるはずだ。
 外の景色は明るすぎて、睡眠不足のわたしの目にはつらかった。光が眼球の奥まで刺さってくるみたいだ。

 わたしは目を閉じた。列車の揺れは不規則で、ときどきガタンと車体がひどく弾む。眠りたかったけれど、列車の揺れが気になって、木場山の駅に着くまで結局、一睡もできなかった。