智絵のいない二学期が始まった。わたしは今年、体育大会には出ないと最初から宣言していた。親はイヤそうな顔をしつつも、あきらめた様子でわたしの欠席を認めた。

 文化祭は、去年とはやり方が変わっていた。去年の文化祭の準備期間は、智絵だけに限らず、ほかのクラスでもたくさんの問題が起こったらしい。クラス単位で縛るのはうまいやり方ではない、と先生たちは判断したらしい。

 今年の文化祭は、初めからクラスを解体した状態で企画を進めていく。ステージ企画は劇と合唱とバンド演奏、展示企画は工作と学習まとめと校舎内の階段アート、店舗企画はお化け屋敷と喫茶店、といった具合で、やりたい企画を選んで参加するスタイルだ。

 やりたいものなんてなかった。文化祭も欠席してしまいたかった。でも、担任がわたしに先手を打った。
「今年はね、教員も企画をやることになってて、ぼくはわくわく科学教室的なのをやるんだけど、アシスタントやってもらえない?」

 午前と午後に一回ずつ、見た目の派手な実験をしてみせるんだそうだ。担任は若い男性で、けっこうカッコいいと評判で、授業もわかりやすい。そんなキャラクターだから、白衣を着て実験をするだけの企画で観客を呼べる見込みなのだそうだ。

「わかりました。やります」
 そう答えたのは、気楽だなあと思ったから。当日、実験教室に関わる間は理科室にいられる。人混みの中にいなくてすむ。事前の準備期間にも、人間関係にわずらわされずにすむだろう。

 わたしが「やる」と言ったことで、担任はホッとしたようだった。
「面倒くさいって思ってるでしょ。行事や集会」
「そうですね」
「授業じゃないイベントを楽しんでる生徒とそうじゃない生徒と、両極端なんだよね。楽しんでない生徒がどんどん増えてるのも事実だし。保健室がパンクしてるんだよ、最近」

 保健室登校になっている人は、三学年を合計すると、一クラスぶんの人数と変わらない。同じくらいかそれ以上の人数が、そもそも学校に来たがらない。
 智絵は、そんな大勢のうちの一人だ。わたしにとっては特別でも、まわりはそうは思っていない。智絵はあんなに苦しい思いをしているのに、学校の話題の中では不登校というテーマの中にひとくくりにされて、智絵という一人の人間としては扱われない。

 いっそのこと、不良が多いとか授業が完全に崩壊しているとか、それくらいめちゃくちゃな学校なら、わかりやすかったかもしれない。琴野中は中途半端だから、問題だらけなのに、表立っては見えにくい。
 髪を染めている人、化粧をしている人、服装の規定を守っていない人はいる。授業中にしゃべる人、不要なものを持ってきている人、こっそりお菓子を食べる人はいる。その程度だ。暴力を振るうとか、ガラスが割れるとか、そういうのはない。

 フツーの人たちばっかりだ。そのフツーの人たちが、フツーの会話として、誰かの悪口や陰口を楽しんでいる。フツーの遊びとして、他人のものを隠したり壊したりしてる。フツーの感覚として、クラス内で順番を付けて自分より下層の人たちをバカにしている。
 何も考えずにフツーになれたら、と思う自分がいる。そんな自分を想像して、吐き気を覚える自分もいる。

 文化祭の準備で盛り上がれる人たちは、日に日に浮かれていった。クラスが離ればなれになった友達と合流して、どの企画もすさまじく盛り上がっていたらしい。
 わたしは特に何の準備もせずにすんだ。担任から当日の実験メニューを教わって、それについて図書室で少し調べた程度だ。