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 文化祭当日、智絵は学校に来なかった。わたしは誰の誘いも断って、一人で美術室に行った。
 校舎の端にあって、もともと何となく薄暗い美術室は、人気のある展示場所ではなかった。美術部の作品は中学生のレベルを超えたものばかりで迫力があったけれど、ここまで足を運ぶ人はいないらしい。

 わたしは、一つのイヤな予感に突き動かされて、美術室の中を足早に見て回った。作品そのものに目を向ける余裕がない。作品のそばに掲示されたラベルだけを注視する。ラベルに記された制作者の名前だけを。

 ない。
 智絵の名前がない。

 クラス展示用のイラストを描くことが決まってから、毎朝、智絵はわたしよりずっと早く登校するようになっていた。放課後の時間を取られてしまって、美術部の作品制作に当てることができない。朝しかなかったんだ。
 でも、文化祭本番の今日、智絵の作品が展示されていない。わたしは、美術室を二周した。見落としはない。智絵の名前は、やっぱりない。

 遠慮がちな男子の声が聞こえた。
「あの」
 ソフトでキレイな声。上田だ。

 わたしは振り向いた。困ったような表情の上田がそこにいた。
「智絵の作品は?」
 声がかすれた。

 机の上に現れる小さなドラゴンを描いている、と智絵は言っていた。何でもない日常の風景の中に、不思議な生き物がいる。そんな絵が好きだから、と。

 上田はかぶりを振った。
「間に合わなかったみたい。準備室に置いてあるけど、色が載せられてないところがあるし、あせったらしくて塗り方のトーンがおかしいところもある。残念だよ。下絵の段階では本当にキレイな作品で、ちゃんと時間があったらよかったのに」

 智絵は泣いているだろうか。怒っているだろうか。
 誰が悪いんだろうか。誰の責任なんだろうか。
 どうしてこんなにうまくいかないの? わたしはどこで、何を間違えたの? 何をやり直せば、わたしはまともな場所に戻れるの?

 わたしは智絵と一緒に戻りたい。呼吸をするだけで重労働の、こんな場所にいたくない。
 でも、そんな簡単なはずのことが、わたしにはできないんでしょう? 智絵にはできないんでしょう? どうして、学校というこの世界はこんなにも不公平なの?

 智絵は文化祭の日を境に教室に来なくなった。わたしと一緒に登下校するのも、智絵は「ごめんね」と断った。わたしは「いいよ、気にしないで」と言うしかなかった。
 教室に行けない智絵の逃避先は、保健室だった。日直が智絵に給食と配布物を持っていった。

 保健室には、教室に行けない生徒が二十人近くいた。保健室からいちばん近い空き教室は、保健室登校の生徒の自習室だった。智絵はそこで一人で勉強して、提出用の課題を解いた。テストも自習室で受けた。

 わたしは、空っぽになったみたいだった。学校ではしゃべらなかったと思う。出席日数は、欠席も多かったけれど、担任から警告されない程度だったはずだ。
 ギターは部屋の隅でホコリをかぶっていった。手の傷が治っても、弾く気が起きないまま、いつの間にか寒い季節になって、年が明けて三学期になって、テストだらけの毎日の合間に誕生日が来て、三学期が終わった。

 木場山のころの友達とは、もう完全に連絡が途絶えてしまった。わたしが途絶えさせたんだ。年賀状も出さなかった。
 一九九九年。ノストラダムスが予言したとおりに地球が滅ぶなら、中三の七月だ。
 滅んでしまえ、と願った。そんな中二の終わりの春休みだった。