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 帰りに文房具屋に寄って、原稿用紙を買った。三十枚綴じの冊子になっているものを一冊。
 家に帰って、買ったばかりの原稿用紙に、ありのままの言葉を書いた。転校してから今まで感じてきたこと。琴野中で起こっていること。出来事の中でわたしが何を思ったか。

 怒りに任せてペンを執ったのに、気が付けば、情けなさと不甲斐なさをくり返し書き並べていた。智絵は苦しんでいる。でも、わたしは何もできない。
 一晩じゅう書いていた。一晩かけて、三十枚の原稿用紙をすべて埋めた。こんなにたくさんの量を一気に書いたのは初めてだった。

 わたしが書いたその文章は、担任を通じて職員室で共有されたらしい。野放しだった文化祭の準備時間に、先生たちが見回りをするようになった。
 問題の発端であるわたしのクラスでは、役割分担が決められた。男子は竹で骨組みを作る。女子は骨組みの上にかぶせる模造紙を、丸みのある形に貼りやすいように切る。

 智絵には、特別な役割が与えられた。完成品のドラえもんは本番当日、体育館に展示される。展示ブースの背景となる大きなイラストを描くようにと、担任は智絵に言った。作業場所は、同じ階にある空き教室。女子更衣室の代わりの部屋だ。
 役割なんて、口実に過ぎなかった。教室内で智絵がいじめられている。だったら、智絵を分断してしまえばいい。担任はそう考えたんだ。

 絵を描くのは時間がかかる。夏休みの間、わたしは智絵の作業を見る機会があった。だから知っている。
 智絵は、お気に入りのキャラクターの似顔絵なら、鉛筆をササッと走らせるだけで描き上げられる。でも、色を付けた全身画は、構図を決める下絵を何度も描く。時間をかけて、一つひとつの要素を決めていく。複数人を配置する構図は、輪をかけて大変だ。

 文化祭当日まで、あまり時間がない。そんな状況で、智絵はいきなり、ドラえもんのメインキャラクターである子どもたち四人の絵を描くことになった。サイズは模造紙二枚ぶん。画材はアクリル絵の具。もちろん、背景となる空き地の彩色も手を抜けない。
 智絵は、担任から受けたイラストの注文をメモ帳に書き込んだ。丁寧な字だった。

 わたしは智絵に訊いた。
「手伝えること、ある?」
 智絵は首を左右に振って、荷物をまとめて一人で教室を離れた。まわりに誰かがいると、智絵はわたしとしゃべってくれない。

 どうすればいいんだろう? どうしようもないの?
 智絵が教室から出ていくと、そのとたん、歓声のようなものが上がった。手を叩いて笑い転げる女子の集団。
「担任公認で教室から追い出されたよ、あのゴミ!」

 ターゲットがその場にいなければいじめが消えるはず? 担任は何を甘ったれているんだろう?
 この人たちの場合、陰口も悪口も、本人がいないところでこそ、堂々と笑いながら盛り上がるものなんだ。

 どうして? 何をすればマシになるの? 何で智絵がこんなに嫌われないといけないの?
 頭が真っ白になった。怒りなのか何なのか、大きな感情が渦巻いて、それに呑み込まれて、わたしは混乱するだけだった。どうして何もできないんだ。意気地なし。

 人形やぬいぐるみのような、人や動物に似せた形のモノには、作った人の感情が乗り移ると、昔からそういう言い伝えやおとぎ話がある。じゃあ、このクラスで作るドラえもんは、かわいそうだ。誰のどんな感情が乗ったって、とても醜い。

 作業はどうにか進んでいった。智絵は、大変だったはずなのに、ドラえもん本体より先に背景イラストを完成させた。毎日、放課後の下校時刻ギリギリまでやり続けたみたいだ。美術部員としての作品も描かないといけないのに。
 文化祭の二日前に全部の作業が完了した。やっと解放される、と思った。苦痛でたまらない毎日だった。ちゃんと教室にいたはずなのに、覚えているのは胃の痛みだけだ。

 隣のクラスは、楽器ができる人がたまたま集まっているから、ステージでミニライヴをするそうだ。廊下を通るとき、チラッと中がのぞけた。衣装や小道具の打ち合わせをして、ワイワイ盛り上がっていた。

 去年はわたしもそっちだった。演奏者としてステージに上がった。練習ではうまくいかないこともあったし、本番も完璧ではなかった。というより、思いっ切り間違えた上に時間オーバーして迷惑をかけた。すごく恥ずかしくて情けなかった。

 でも、今のこの無力感に比べたら、去年の失敗なんてかわいいものだ。すごく普通だ。わたしはそんな当たり前の場所にいたのに。
 どうしてわたしは今、こんなところにいるんだろう? 歌うどころか、口の利き方さえ忘れてしまったかのような毎日。