「マドカ? マドカ、ここから離れよう。部屋に戻ろう」
「や……あ、頭が……」

 ばちり!
 どこかがショートした。途端、脳の中いっぱいにあふれ出る、光と炎と爆発。
 熱い。痛い。怖い。
 あたしは悲鳴を上げた。上げ続けた。

「マドカ、マドカ聞いて! プログラムが崩壊し始めてる。このままじゃマドカも全部、崩壊してしまう。ここから離れよう」

 アイトの声は、白く輝く涼やかな光。あたしの灼熱した思考回路と、激痛に見舞われた体は、アイトの声に救われる。ほんの少し、でも確かに、熱と痛みがやわらぐ。
「た、助けて、アイト……声を」

 ざらざらと音が迫ってくる。黒板も机も床も砂でできていたかのように、崩れて流れて消えていく。

「マドカ、立って走って! ここにいたらダメだ!」
 白い声に叱咤されて立つ。
 その瞬間、あたしを突き抜ける稲妻のようなもの。
「い、痛いっ……」

 全身が引き裂かれるように痛かった。でもたぶん、本当は、ただ、脳だけが痛い。全身の痛みだと錯覚するくらいに、めちゃくちゃに混乱しているだけ。
 でも、本当に、痛い痛い痛い。巡り巡る神経回路、乱舞する光。目が耳が舌が手が足が胸が、もう体の全部が、痛い痛い痛い。

 重心が消える。倒れかけた体が抱き留められる。
 アイトがあたしを抱え上げた。

「マドカ、落ち着いて。思考の暴走を止めて」
「やっ……む、無理……」

 息ができない。目が開かない。体が冷たくて熱くて重くて透明で、あらゆる感覚が歪んでいる。痛い痛い痛い。
 脳の制御が失われていく。意志が奪われていく。何に? 何によって奪われるの? 犯人捜しは、光の速さで認識して処理して終了。

 答えは0だ。何もない。
 何もない0へと呑まれていく。あたしの脳がほどけて消えていく。つまり、あたし自身がなくなっていく。

「マドカ、しっかりして! 消えないから。マドカは初めからここにいない。ここにいるマドカは、3Dデータに過ぎない。マドカの本当の体は現実にあるんだよ。思い出して!」

 あたしを抱えたまま、アイトは教室を走り出る。廊下も、向こうの端から崩壊し始めている。

 ――逃げてよ、アイト。あたし、動けない。アイトが巻き添えになることないから、アイトだけ、早く逃げて。
 あたしは声を出せないまま、ただあたしの思念だけが、崩壊する学校のグラフィックの中で響き渡る。

 アイトはあたしを抱えて走りながら、息も切らさず、冷静に答えた。
「できないよ。ロボット三原則第一、人間が傷付くことがあってはならない。何があっても、ぼくはマドカを守らないといけない」

 アイトは逃げる。あたしを抱いて、常識外れの跳躍力で、校舎から飛び出す。
 ここはあたしの脳の中。言ってしまえば、あたしの精神世界。なのに、アイトの部屋はどっち? あたしにもわからない。可視化された崩壊のただ中を、アイトは飛び回る。

 でも、無理だ。
 あたしが崩れていく。全部つながっていた神経回路が、全部ばらばらになる。まるで、乾いた砂粒が寄り集まっただけの空間。ざらざら。さらさら。見る間に形が壊れて、崩れて流れて消えていく。

 何もなくなる。
 死んじゃうんだ。体は残っても、脳が死んだらおしまいだ。

 ――あたしは死んでしまう。消えてしまう。あたしは。

「消えないで」
 かすかに感じる。アイトのぬくもり。せっけんに似た香り。ぎゅっと強い力。
「ぼくがきみを守る。ぼくの存在、AITOの存在に代えて、マドカを守る」