あたしは、アイトの笑顔につられて、ちょっと笑った。
「アイトのことは、怖くないよ。予測できないくらい賢かったり、あたしよりずっと速いスピードで情報処理ができたりして、あたしとは全然違うんだって感じるけど」

「それは不思議です。予測できなくても、怖くないのですね」
「アイトがよく言うやつかも。怖いよりも先に、知りたいって思う本能が働く。AIにも最初から備わってる本能的な感情で言えば、予測できないはずのアイトと話すことは、不快よりもずっと、快のほうが強い」

 アイトは目を見張った。それから、歯を見せて笑った。
「AITOも、快を感じています。嬉しいです、マドカ」

 コンピュータは、さっきから、豪快なくらい唸っている。アイトとの会話の中で、あたしがいろんなことを考えたり感じたりするのと同じように、アイトの頭脳もフル稼働しているんだ。
 温かい場所が好きなニーナは、ふわふわと、ディスプレイに吸い寄せられていった。いくらか熱を持っているらしい。有機ELだから、旧式の液晶よりは、熱くなりにくいディスプレイなんだけど。

 思案顔になったアイトが、ディスプレイの向こう側で、ニーナに触れる格好をした。
「話は変わるんですが」
「ん、何?」

「部屋のデザインを変えることを思い付きました」
「部屋って、アイトの部屋?」
「はい。マドカの部屋や雑貨屋コーラル・レインの写真を見ると、部屋は明るくて、いろんなものが置かれています。ウェブで検索した結果でも、部屋に何も置かれていないのは不自然だとわかりました」
「そうだね。あたしも、アイトのいる場所は殺風景で寂しいなって思ってたの。デザインを変えるのは、いいんじゃないかな」

 アイトは、にっこりしてうなずいた。白い歯をのぞかせる笑い方で、えくぼがくっきり刻まれると、アイトは少し幼くなる。
「AITOのアイディアをマドカに賛成してもらえると、嬉しいです」
 人間っぽすぎる笑顔で、忠犬みたいなことを言って、ガラス面越しのニーナと触れ合っている。

 ときどき、本当に不思議な気持ちになる。この人が本当に機械仕掛け? 信じられない。
 あたしは、静かに高鳴る鼓動を、ひどく渇いた喉のすぐ下に感じた。緊張しているわけじゃない。でも、緊張にちょっと似た感じ。どきどきする。アイトから目がそらせない。

「部屋のデザイン、何かアイディアがあるの? ネットで調べて、いい感じのがあった?」
「学習中です。でも、すぐにデザインのアイディアを出せるようになります。部屋全体の色、置くべき家具、その置き場所などの要素の組み合わせをテストするのは、AITOの頭脳の得意分野です」

「全部の組み合わせを試すんだったら、ものすごく変なアイディアも出てきそうだね。蛍光ピンクの壁にミラーボール付きの部屋とか、えーって感じになるし」
 蛍光ピンクとミラーボールは、この間、ユキさんから聞いた話だ。仕事仲間さんに誘われて行ったカラオケの部屋がそんなふうだったって。色や光に敏感なユキさんには強烈すぎたらしい。

 あたしが挙げた例え話に、アイトはまじめな顔でうなずいた。
「はい、AITOも、変なアイディアを出す可能性があると考えています。だから、マドカに協力してもらいたいんです」

「あたしにできること、何かあるの?」
「もちろんです。AITOが出すアイディアの中から、よいと思うものを選んで教えてください。人間の感性に近付くためには、人間であるマドカに先生になってもらうのがいちばんです」

 アイトは照れたり戸惑ったりしないから、まなざしがまっすぐだ。きらきらして大きな目。長いまつげ。
 ニーナの淡いピンク色が、鮮やかに、速いリズムでぴかぴかしている。同じリズムで、あたしのどきどきも続いている。胸の内側が、叫びたいほどくすぐったい。

 コンピュータとエアコンが唸る音が、計算室を満たしている。あたしとアイトが声を出さないときも、沈黙は、静寂ではない。
 だから、気付かなかったんだ。