三月も半ばになると、空気に春の色が色濃く混じり始める。
 肌を刺すように冷たかった風はいつの間にか温かなものに変わり、桜に似た、梅の花が通学途中の民家の軒先に咲いているのが見られるようになった。

 さくら坂はその名前からも想像がつく通り、道路の両側に桜並木がある。そして、さくら坂駅の近くにはさくら坂公園があり、そこには百本近いソメイヨシノがあるとして桜の名所として有名だ。
 そのため、三月の最終週から四月の第一週まで『さくら坂祭り』というお祭りが開催される。さくら坂高校の学園祭と名前が紛らわしいけれど、全く違うお祭りだ。
駅前商店街は今、そのさくら坂祭りの広告で溢れていた。

「なあ。本当にそんなのでいいのか?」
「いいよ。なんで?」
「聡と海斗は隣のショッピングモールで、なんとかかんとかっていうところの菓子を買いに行くって言っていたから」

『なんとかかんとか』では、何のことだかさっぱりわからないと、私は苦笑した。

 先日、侑希にホワイトデーのお返しになにが欲しいかと聞かれた私は、さくら坂商店街で歴史があるとしてちょっと有名な日本茶専門店のスイーツを希望した。
 年度末試験が終了した今日、ちょうど金曜日だったこともあり、侑希と件(くだん)のお店に寄る約束をしたのだ。

 目的のお店には、『日本茶 風来堂』と書かれた木彫りの大きな看板がかかっていた。創業当時から使用しているのか、とても年季が入っているように見える。
 暖簾をくぐると日本茶独特のよい匂いが漂ってくる。ショーウインドウには様々な産地の煎茶、ほうじ茶、麦茶などに加えて、お茶を使用したスイーツが並んでいた。

「わぁ、美味しそう。どれにしようかな」

 ショーウインドウを覗き込んで目を輝かせていると、「いらっしゃいませー」と声がして店の奥から店主のおばさんが出てきた。

「あら。また来てくれたのね。いつもありがとうね」

 おばさんは、私達をみて表情を綻ばせる。不思議に思って振り返ると、斜め後ろに立っていた侑希がぺこりと頭を下げた。

「侑くん、時々ここに来るの?」
「──まあ、ぼちぼち」
「ふうん? 教えてくれればいいのに。どれがおすすめ?」
「いつも、この抹茶白玉を二つ買ってくれるのよね。うちの一番人気よ」 

 侑希が口を開く前に、おばさんがにこにこしながら答える。