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 俺──倉沢侑希の初恋は、中学校入学から程なくして始まった。
 明るくて、勉強ができて、元気で、ちょっぴりどんくさいところがあるけれどまっすぐに自分を見てくれる女の子。
 きっかけは、いつもと変わらないふとした日常の一幕だった。

「倉沢君。私と付き合って下さい!」

 放課後に大事な話があるからと呼び出されて体育倉庫に向かうと、そこには知らない女の子がいた。
 突然そう言われて、戸惑う俺に手が差し出される。
 それと共に「ヒュー」と、冷やかすような掛け声。いつから見ていたのかは知らないけれど、目の前の女の子の友達と思しき女子生徒や、自分を呼び出したクラスメイト達がこちらをじっと見守っている。

 ああ、またか。と気分が重くなる。

「ごめん。悪いけど……」

 紡いだ言葉に、目の前の女の子の瞳に見る見るうちに涙が浮かぶ。そして、何も言わずに走り去っていく。
 残された俺は呆然とその後ろ姿を見送った。辺りがざわっとさざめき、隠れていた女子生徒達が飛び出した。何人かはさっきの女の子を追いかけるように走り出し、何人かはこちらに迫ってくる。

「みっちゃんが勇気出して告ったっていうのに、どういうつもり!?」
「そうだよ、倉沢サイテー」
「ちょっと格好いいからって調子に乗んな!」

 さっきの子、「みっちゃん」っていうんだ。

 そんなことをぼんやりと思った。
 少しの勇気を振り絞ったのは確かかもしれないけれど、そうしたら言われた相手は好きでもない子と付き合わないといけないのだろうか。
 じゃあ、付き合っている最中に別の子に同じことを言われたらどうすればいいのだろう? 付き合うってなんだろう? 彼女たちの言うことは、いまいち理解できない。

 こうやって罵倒されるのもいつものこと。
 そして、その後数日にわたって陰口を言われるのも。

 自分の見た目が周りに比べて少しばかりいいようだと気付いたのは小学校の高学年の頃だった。

「修学旅行の写真を見せたら、塾の友達が倉沢君と友達になりたいって言ってるの」

 クラスメイトの女の子が言ってきたのはそんな台詞。あとは、机の中に手紙が入っていたり、バレンタインデーに机の中や下駄箱にチョコレートを押し込まれていたこともある。
 けれど、小学校の頃はそれくらいで済んでいたからまだよかった。