至るところに蝋燭が灯り、陽の光が差し込まない洞内でも仄明るい。たとえ1本が燃え落ちても焔を絶やさないように。毎日増やしてゆくのだ。
 溶け残った蝋は削り取って持ち帰り、固め直して新たな蝋燭に再生させる。尽きることなく火は灯り続ける。氷凪が目覚めるその時まで。



 あれから。
 氷凪の意識が戻ることはなかった。三日経ち、一週間、ひと月が経っても。
 薬師は首を横に振って、手の施しようがないと告げた。
 弱々しくも心臓は脈動し、幽かに呼吸もある。しかし生かす為に水や薬を与えようにも、氷凪の躰には取り込む力さえ残っていない。いっそのこと楽にしてあげた方が・・・と進言し、支癸が激昂する場面もあった。


 そんな折り。無月は夢を見た。巫女の姿形をした少女に、氷凪を覚羅山の洞に移すように告げられたのだ。

〝そなたも望むか、彼の者の存続を・・・〟

 鈴の音を思わせる声に夢中で願った。氷凪が目覚めるようにと。自らの命と引き換えにしてでも、と。

〝・・・したが叶えよう〟

 夢にしては鮮烈に記憶に残っていた。戯れ言だと言ってしまえばそれまでの、何の根拠も保障もない話だ。見たままを話し、遊佐と支癸に意見を求めた。

『ナンにもしないよりは、マシだろ』

 二人の即答を受け、他の重臣達を黙らせて無月は決行した。

 諦めのムードが漂い、嵯峨野が氷凪から言われた通りに無月の長子、夕を当主にとの声も上がるなか、愚行にしか見えない者も多かったことだろう。
 そうして氷凪の躰は禁域へと運ばれた。それから更にひと月。ただ眠るように氷凪は生きている。

 穢れを祓う白を纏わせ、胸の辺りに榊をひと枝捧げてあった。
 氷室のように冷え冷えとし、生きている者でさえ長時間の滞在は命を奪われかねない。にも関わらず氷凪の心臓は動き続け、不可思議なことに、捧げた榊もまた萎れることも枯れることもなく、濃い緑の葉をそのまま繁らせていた。