わたし、そっから二、三歩後ろに下がっただけで、ヒトの渦に巻き込まれた。

 きゃーー

 わーー

 心の中で叫んでるわたしを心底邪魔そうに押し流し。

 通勤ラッシュのヒトビトは、わたしを駅で最も人通りのない薄暗い通路に突き飛ばした。

 きゃ~~~

 道行くヒトビトは、悪気がないんでしょうとも!

 わたしは、簡単によろけて壁に手をついた。

 こ、転ぶかと思った!

 あ~~あ。またやりなおし。

 どうやら、この人々の間を抜けて、もう一度切符の自動販売機の前に行かなくちゃなんないらしい。

 ため息をついて、ちゃんと立とうとした時だった。

 人通りの少ない通路の隅で、床に直接お尻をついて座り込んでるヒトと、ちらっと目があったような気がした。

「……え?」

 思わず見つめなおすと、その人は、がくっと力尽きたようにうつむいたんだ。

 爺からは、駅で他人に声をかけられても、無視するように言われてた。

 もちろん、わたしだって、座り込んでいる人が、酔っぱらったおじさん、とかだったら絶対近づかなかったけれど……

 座り込んでるヒト。

 とても若くて、わたしと同じ年くらいの男子に見える。

 しかも、痛そう~~

 顔が殴られた、みたいに腫れあがってるし。

 ……どうしよう?

 ケンカでもしたあとなのかな?

 わたし、これから入学式、だ。

 しかも、自分の通う高校の駅も良く判らない以上。

 記念すべき高校生活第一日目に、遅刻したくなかったら行きかうヒトビトと同じように無視して行っちゃうのが『普通』なんだろう。

 でも、このヒトすごい怪我してる。

 このままだと、ずるずるぱた、と床に寝ころんでしまいそうだ……ね。

 うぁ……放っておけないよ。

 わたしは、うん、とうなづくと恐る恐る声をかけた。

「え……えっと……あの。大丈夫ですか?」

「……ああ?」

 わたしの声に、その人はうつむいていた顔をあげた。

 うぁ……

 間近で見ると、顔の皮膚が紫色やら黄色に変わってて、更に酷いことが判る。

 元はかなりイケメンさんみたい。

 傷の無い方の顔半分は、色白で、涼やかな切れ長の目が印象的だった。

 そして、怖い。

 なんて言うか……その、眼力《めぢから》っていうの?

 さっき、ちらっと目が合った時は全然感じなかったけれど、わたしが声をかけたとたん。

 まるで抜き身のナイフみたいな視線をじろり、とこちらに投げて来た。

「なんだよ、てめーは、よ」