「ちょっと、待ってよ! それって変よ?
 爺……宗樹のお爺さんも、お父さんも、本当に真面目に良く働いてくれてるよ?
 その頑張った報酬を、就職先の西園寺家が、フツーにお給料にしているだけじゃない。
 今の時代、何も西園寺にこだわらなくても、就職口なんて山ほどあるのに、わざわざウチを選んでくれているんでしょう?」

 だから、別に爺も、宗樹のお父さんも、宗樹も西園寺のモノなんかじゃなく、それぞれ自分は自分自身のモノじゃないの!?

 わたしは、自分が変なコトを言っているって言うつもりも自覚も無かったけれど。

 宗樹はただ静かに目を伏せた。

「ま、普通の企業だったら、そーなんだけどな。
 俺の家は少しばかり、西園寺と因縁が深すぎるんだ。
 なんせ、主従の関係を結んだのが、ノブナガさんとかヒデヨシさんとかが、天下狙ってた時代より前だって話だし。
 明治になってから執事と主の関係に収まったけれど。
 それまでは生きることも、死ぬことも、嫁を貰うことも、子どもを作ることも全部西園寺の言うとおりにしなくてはいけない……下僕の家系でもあるんだとさ」

 言って宗樹は、片膝を地面につけると、右手を自分の左胸にあて、身を伏せた。

「我が主《あるじ》、西園寺の姫君よ。
 我は、藤原家の末裔『宗樹』なり。
 この血肉魂その全てが貴女のものなれば。
 如何なる命《めい》も命《いのち》を賭《と》して従いまする」

 見た目がすごくカッコいい宗樹が、そうやって頭を下げると、まるで、どこかの国の騎士《ナイト》ようだったけれど!

 言ってることが今、思いつきました~~ってんじゃなく。

 本当に自分は、わたしのモノだって言ってるみたいだ。

「まさか……それ、本当に……?」

 いきなりの宗樹の言動に驚いて、恐る恐る聞いたら。

 宗樹は、黙ってわたしの手を取り、その甲に軽くくちづけて言った。

「もちろん……ウッソ~~!!
 今、何時代だと思ってるんだ、莫~~迦~~」

 宗樹は、今までの堅い表情を吹き飛ばしてあはははっと笑うと。

 握っていたわたしの手に軽くすがって立ち上がり、ぱたぱたとズボンの埃を払った。

「西園寺がらみの出費はなぁ~~
 書類書いてウチのジジィに出しときゃ、あとで、三倍ぐらいになって返ってくるから、お嬢さんは遠慮なくタカるように。
 俺のこずかいが増えるだけだし」

「本当?」

「これは、本当」

 うなづく宗樹の瞳が微妙にずらされている感じがするのは思いすごし?

 まっすぐわたしを見ないのは、気のせい……?

 宗樹は笑っているのになぜか、とても落ち着かなくて、わたし。

 西園寺と宗樹の藤原家の関係が『ドコまでが本当なの?』って聞けなかった。

 そう言えば、井上さんが、言ってた。

 宗樹は、とてもモテているのに、どんなヒトの告白も、受けなかったって話。

 もちろん、わたしが彼の彼女なんてモノじゃない以上。

 西園寺の許しが無かったから、誰ともつきあえなかった、なんてことは……ないよね?

 もし、昔は、お嫁さん貰うのも許可がいるっていう話が本当でも。

 今は、そんな時代じゃないもんね?

 宗樹は、宗樹の好きなヒトを、どこかでちゃんと彼女にしてるよね?

 誰に聞いても『沈着冷静』で。

 ピアノ演奏がとても上手くて。

 プロ並みのマネージメントが出来る宗樹。

 ……昔々、ウチのご先祖様と何かあったせいで。

 これから死ぬまでの間、宗樹の一生《みらい》が、もう、一部の隙もないほどに組上がってる……なんてことは、無いよね!?

 戸惑うわたしの手を引いて、宗樹は、それ以上、この話を続けることなく、帰りの電車を待つプラットフォームまで連れて行ってくれたんだ。