「こっ……怖くなんてないもん」

 なんだか意地悪~~

 身構えたわたしに、宗樹は、ふん、と息をついた。

「そうか? 俺は、ここでの『怖い噂』を聞いたことあるぜ?」

「……怖い……噂?」

「ああ。
 あんた、ここら辺の地域と、高校の名前の元になっている、君去津《きさらづ》の由来って知ってるか?」

「ううん」

 知らない、って首を振ると、宗樹はますます目を細めた。

「すっげー昔……ずーっと前の時代の話だけどさ」

 宗樹は、そう言うと、低い声で話を初めた。

 いわく……

 航海中、嵐にあった船が沈没する寸前。

 女が海に身を投げて死ぬかわり、嵐を起こした海神の怒りを鎮め、船員の命を救ったんだと。

 命拾いしたヤツは喜んで……でも陸に着いたらすぐ、それぞれの故郷に帰って行った。

 けれどその船員中で一番偉いヤツ、身を投げた女の恋人だけが、死ぬまでここから出て行くことは無かったんだと。

 で『君《きみ》、去《さ》らず』から『君去津』になった……って!

 わたしは、宗樹の話が終わると、うん、と頷いた。

「ふ……ふーん、でもこんな話は……珍しくないよね?」

 日本の海辺を旅行するたび、良くそんな話を耳にする。

 悲しいけど、特に怖い話でも噂でもない話だってうなづいたら、宗樹は、これからが本番だと、片目をつむった。

「昔は、この駅がある場所も丸々海の底に沈んでいて、さ。
 その、身を投げた女が死んだ場所が、まさに、ここ」

「……ウソ」

「本当《マジ》」

 宗樹は至極真面目な顔つきをして、親指で駅の天井を指差した。

「丁度、その駅の出入り口辺りに女の遺体が引っ掛かってたんだと。
 以来、この駅では事故が多発しているんだ。
 何年か前の花火大会の時も、酒に酔ったヤツが、線路に飛び降りた、とか。
 他にも色々あったけど、それは全~~部、女の幽霊が寂しがり、仲間が欲しくてやったことらしい。
 君去津高のヤツらが、この駅を利用しないのも案外、その女せいかもな」

 う~~わ~~

 宗樹は、淡々と話をしてたけれど、それが却ってとっても怖かった。

「駅の……そんな所に、女のヒト引っ掛かってたなんて!?
 こ……怖っ……!
 だからこの駅、変な迫力あるんだ……」

 わたしは、宗樹の話に大きくうなづいた。

「どーりで、さっきから背筋が寒いような……気が……っ!
 これもやっぱり、その幽霊の仕業かな!?」

 ひ~~ん。

 これから、三年間この駅使う予定だったのに、一番最初からそんな話を聞いちゃ、怖すぎる。

「どどどどうしよう!? 幽霊だって!
 わたしも、他の皆と一緒に駅を変えた方が良いと思う!?
 宗樹は、毎日、この駅使ってて怖くないの?
 ……わ……わたし改札まで、一人て歩いてゆく自信がない……」

 本物の幽霊に出会ったことなんて、ないよ!

 ついさっきまで、自分のコトは、自分でやろうと決心したのに!

 幽霊つきの通学駅だなんて、無理すぎる~~

「あの……やっぱりわたしと、改札まで行ってくれない……かな?」

 明日以降、この駅を使うかどーかは、ともかく。

 このまま一人で駅をうろうろする気になれず。

 上目遣いでお願いしたんだけど、宗樹は『イヤだ』とあっさり断った。

「お嬢さんを連れて来るのは『ガッコの近くの駅』までだって、最初っから言ってたはずだ。
 これから裕也と待ち合わせもあるし、あんたは一人でガッコ行くんだな」

「そ……そんなぁ」

 最初から、一人にする気だったら『怖い話』なんて、聞かせないでよ、意地悪!