「泣いたら、それで済むと思ってるの。翠はいっつもそうやって逃げるんだ」
 自分の言葉に興奮して、怒りの歯止めが利かなくなる。
 興奮で、首の血管が破裂しそうだ。

「お姉ちゃん…」
 助けを求めるように、翠が私に腕を伸ばす。
 その手をピシャリと打ち返す。
「あんたなんか大嫌いだ。翠なんて居ない方がいい」

 その言葉が、翠の限界点だったのだろう。
 翠の顔が大きく歪み、うわーん、とまるで幼子のように、大きな声で泣き出した。
 翠の目から、大粒の涙が止めどなくあふれ出る。

 階下から、母がドタドタと上がってくる。
「なんの騒ぎなの一体」
 鬼の形相の私と、大泣きしている翠の様子を見て、母が絶句する。
 
 翠がお母さんの胸に顔を埋めて、泣き続ける。
「あなたたち、たかがオヤツくらいのことで、なに喧嘩してんの」
 ”あなたたち”と言いながら、母は非難の眼差しを私に向ける。

「美寿穂はお姉ちゃんなんだから、少し我慢しなさい。翠は間違えただけで、悪気は
ないんだから」
 母が翠の髪を梳《くしけず》りながら、「翠は悪くないよ」と慰める。
 母のその言葉が、私の胸に新たな痛みを穿つ。

「お母さんは、いつだってそうだ。翠には甘い顔して…。私には…」
「えっ…」
「お姉ちゃんだから、我慢しなさい。お姉ちゃんだから、ちゃんとしなさい。……。
お姉ちゃんだから! お姉ちゃんだから!!、お姉ちゃんだから!!!」
 涙がほとばしる。
「『お姉ちゃんだから』なんて、もう沢山よ!」

 翠を抱いている母を肩で突き飛ばして、私は翠の部屋をでる。
 自分の部屋に逃げ込んで、机に突っ伏し、声を押さえて、涙を流す。

 なんて酷い一日なんだろう今日は。
 私は自分が嫌いだ。大嫌いだ。