「ちゃんと。謝れ!」
 私の怒声が、家中に響き渡る。
 翠が、ビックリした顔で私を見る。
「どうしたの。お姉ちゃん。なんか、変だよ」
 私は怒りの形相で翠を睨み返す。

 それに恐れをなしたのか、翠が引きつった笑いで
「まさか…。失恋したとか…。ハハッ」
 と返す。
 翠としては、軽いジョークで笑いを誘ったつもりだろうが、火に油だった。

「うるさい! あんたに…私の…なにが分かるっていうの…」
 失恋という言葉が、私の理性を支えていた箍《たが》を外した。

 私のなかで、一年かけて大事に育てた恋心。
 もうすぐ芽吹くかもしれないその時に、だれの目にも触れずに散って行った。
 儚く悲しい失恋体験だったけど、私にとってはこの上なく愛しい思い出。
 たとえ妹であっても、話のついでに語られてよいものではない。

 私の尋常ない顔色で、事の重大さに気づいたのか、翠が目にいっぱい涙を湛えて、
私の腕に縋り付く。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。…私、そんなつもりじゃ」
 取りついた翠の手を、私は無下に払いのけ、
「じゃぁ、なんのつもり!」
 と追い打ちをかける。

 翠が返事に窮して、今にも泣きだしそうな顔で私を見つめる。
 けれど、私には、その表情が抗議の意思表示に見えてしまう。
「何よ、その目は。文句があるなら言いなさいよ」
「違う…、違うよ。お姉ちゃん…」
 翠の頬を涙が伝う。