中学二年のある教室。
休み時間から戻ってきて席に着いた少女は、次の授業の教科書を机の上に出した。
先生が来るまで、教室はまだ騒がしい。
少女は何もすることなく、ぼんやりと回りを見ていた。
その少女が見た先に、数人の男子生徒たちが一人のある男子生徒の机を囲んで、お喋りしていた。
少女は何気にその光景を目に映していた。
取り囲まれた席についている男の子だけは、周りの生徒たちの話を気にせず、シャーペンを持って真剣に何かを記入していた。
取り囲んでいた数人の生徒たちは、時々笑いを交えてそれを冷やかす。
「何が書いてあるんだよ。はあ? 『好きな食べ物は何ですか?』だって?」
鼻で笑う者、馬鹿にする者、傍観してる者と様々だが、それでも周りは少年が机の上で記入していたものに非常に興味を抱いていた。
「お前ら、うるさいんだよ」
記入していた少年は邪険にあしらった。
「ちょっとくらいいいじゃないか。それ女の子からもらう『質問レター』だろ。何が書いてあるか気になるじゃないか」
質問レター。
出す方もドキドキ、貰ってもドキドキと、少年少女たちの恋の遊び。
気になる人、好きな人への、ちょっとした質問を紙に書いて、それを友達に頼んで匿名で渡す。
ラブレターよりは手軽で、質問したら大抵本人から返事が返ってくる仕組み。
質問レターを貰うという事は誰かに気にいられているという証拠。
まだ告白まで勇気がないけども、好きな人の情報を得たり、直筆で返事が返ってくるだけで嬉しい。
少年もまた、律儀に返事を書いているところを見ると、内心嬉しいのかもしれない。
少女は遠い目でそれを見ていた。
先生が教室に入ってきて、みんな席についても、少年はまだシャーペンを動かしていた。
授業が始まっても暫くその作業をしていた。
少女も気になりながらチラチラその様子を見ていた。
授業が終わると、質問レターを貰った少年は友達に冷やかされないように、それを手にしていそいそとクラスの女の子に渡していた。
その質問レターを渡された女の子はクラスでも目立つグループにいる子だった。
あの子が出したのだろうか。
でも事務的にそっけなく受け取り、少年も何事もなかったかのようにすぐさま離れる。
その一部始終を目で追っていた少女は、その質問レターがその後どうなるのか気になって、暫く成り行きを見ていた。
質問レターは渡された女の子の手の中だ。
その女の子は周りを気にしながら、そっと教室を出て行く。
どこへいくのか、少女も追いかけてさりげなく廊下に出てみれば、女の子は隣のクラスへ入って行くところだった。
質問レターを出したのは、どうやら隣のクラスの女の子のようだ。
直接やり取りするところは見られなかったが、きっと質問レターを出した子は返事が貰えて喜んでいるに違いない。
それ以上追及する気になれずに、少女はまた教室へと戻った。
一度そういう行為が目に付くと、少女の周りで質問レターが飛び交っている事に気が付いた。
出す相手もいない、自分には縁がない。
少女は遠い世界の事のように思っていた。
まだ恋に目覚めていない少女は、男の子を意識することなく、気さくに喋る。
隣の席になった男の子は特に、身近なのでふざけ合ったりしていた。
少女の隣の席の男の子は最初、物静かで恥ずかしがり屋だったが、気さくに少女から話しかけられ、偶然好きな漫画やアニメが同じで、少女に親近感が湧いた。
それ以来、よく話すようになった。
「その漫画なら全巻もってる」
少し得意げに男の子は少女に言った。
「へぇ、すごい」
「もういらないから捨てようと思ってたけど、欲しいならやるよ」
つい気が大きくなって男の子は言ってしまった。
「えっ、そんなのもらえないよ。だったら貸して」
「ああ、いいよ。学校に持ってくるの大変だから、家まで取りにこいよ」
男の子の家は、どこにあるか少女も知っていた。
自分の家に帰る途中、回り道をするだけで簡単に行ける。
でも、家まで取りに来いは少し躊躇ってしまう。
少女は適当に返事した。
男の子は律儀に「早く取りに来い」と何度も言ってくるが、その時は女の子も感謝の気持ちを込めて乗り気なのだが、やはりいつ行っていいものかわからなかった。
そんな中、席替えの日にちが迫っていた。
席が変われば、その男の子とは話す機会もなくなって疎遠になってしまうだろう。
女の子はそれでも自分から男の子の家に行けそうもなかった。
その男の子はクラスでも目立つ訳でもなく、かっこいいという訳でもなかった。
でも優しく、勉強もそこそこできて、少女が先生にあてられてわからないときはいつも助けてくれた。
そんなある日の昼休み時間、その男の子が離れた場所で友達と一緒になって紙に何かを書いていた。
女の子はそれをちらっと目にした。
楽しそうに笑いながらそこで何かが起こっていた。
見てみぬふりをして、あまり気にしなかった。
ところが、その放課後、その隣の席の男の子の友達がいきなり少女の目の前にやってきて、折りたたんだ紙を突き出した。
「これ、隣のクラスから回ってきた質問レター」
「私に?」
少女は恐る恐るそれを手にした。
暫く紙を持ったまま突っ立っていた。
少女は昼休みに見た光景をふと思い出した。
紙を持ってきた男の子も隣の席の男の子も、その他の男の子たちも笑いながら紙を囲んで何かをしていた。
それが手にした紙と繋がった。
女の子はそれを書いたのが隣の席の男の子だと思った。
実際その男の子だけが、紙に向かってシャーペンを走らせていたからだった。
「これ、からかってるの?」
女の子はつい口から出てしまった。
そしてその後も続いた。
「私、書いてるところ見たよ」
少女はそういうのに慣れてなかった。
もらって嬉しいけども、もしかしたらからかわれてるかもしれない。
紙を渡しに来た男の子は、少女にそう言われるや否や、すぐさま少女の手にあった紙をひったくった。
「ごめん、間違い」
その男の子はすぐさま紙と一緒にどこかへ行ってしまった。
少女は暫く呆然としていた。
一体何が起こったのか。
もしかして、隣の席の男の子からの質問レターだったのだろうか。
書いてる所を見たと言ったら取り上げられた。
都合が悪くなったということは、やっぱり図星だったのだろう。
あの紙には何が書かれていたのか。
気になるのなら黙ってもらっておけばよかった。
今となっては遅すぎた。
それから席替えが行われ、あれだけ仲良くなった隣の席の男の子とは離れてしまい、その後一言も話さなかった。
漫画を貸してもらう約束もなかった事のように忘れられてしまった。
それから暫くした学校の帰り道。
用事があっていつもと違う道を通って帰宅していたとき、あの男の子の家の前に出くわした。
少女は男の子と同じ苗字の表札をじっと見つめてしまう。
「こんなに近くだったんだ」
今、インターフォンを押したらどうなるだろう。
『漫画借りにきたよ』
きっと何事もなかったように貸してくれることだろう。
でも少女は、その男の子の家の前を素通りしていく。
席が離れると、全てがリセットされてしまった。
男の子とは席が離れてから話す機会が全くなくなってしまった。
すれ違ってもどちらも見てみぬふり。
でもお互いぎこちない。
離れて初めて、少女は切なくなる。
それでもどうすることもできないまま、中学二年の日々は静かに思い出に変わろうとしていた──
質問レターを素直に受け取らなかったことを後悔して。
休み時間から戻ってきて席に着いた少女は、次の授業の教科書を机の上に出した。
先生が来るまで、教室はまだ騒がしい。
少女は何もすることなく、ぼんやりと回りを見ていた。
その少女が見た先に、数人の男子生徒たちが一人のある男子生徒の机を囲んで、お喋りしていた。
少女は何気にその光景を目に映していた。
取り囲まれた席についている男の子だけは、周りの生徒たちの話を気にせず、シャーペンを持って真剣に何かを記入していた。
取り囲んでいた数人の生徒たちは、時々笑いを交えてそれを冷やかす。
「何が書いてあるんだよ。はあ? 『好きな食べ物は何ですか?』だって?」
鼻で笑う者、馬鹿にする者、傍観してる者と様々だが、それでも周りは少年が机の上で記入していたものに非常に興味を抱いていた。
「お前ら、うるさいんだよ」
記入していた少年は邪険にあしらった。
「ちょっとくらいいいじゃないか。それ女の子からもらう『質問レター』だろ。何が書いてあるか気になるじゃないか」
質問レター。
出す方もドキドキ、貰ってもドキドキと、少年少女たちの恋の遊び。
気になる人、好きな人への、ちょっとした質問を紙に書いて、それを友達に頼んで匿名で渡す。
ラブレターよりは手軽で、質問したら大抵本人から返事が返ってくる仕組み。
質問レターを貰うという事は誰かに気にいられているという証拠。
まだ告白まで勇気がないけども、好きな人の情報を得たり、直筆で返事が返ってくるだけで嬉しい。
少年もまた、律儀に返事を書いているところを見ると、内心嬉しいのかもしれない。
少女は遠い目でそれを見ていた。
先生が教室に入ってきて、みんな席についても、少年はまだシャーペンを動かしていた。
授業が始まっても暫くその作業をしていた。
少女も気になりながらチラチラその様子を見ていた。
授業が終わると、質問レターを貰った少年は友達に冷やかされないように、それを手にしていそいそとクラスの女の子に渡していた。
その質問レターを渡された女の子はクラスでも目立つグループにいる子だった。
あの子が出したのだろうか。
でも事務的にそっけなく受け取り、少年も何事もなかったかのようにすぐさま離れる。
その一部始終を目で追っていた少女は、その質問レターがその後どうなるのか気になって、暫く成り行きを見ていた。
質問レターは渡された女の子の手の中だ。
その女の子は周りを気にしながら、そっと教室を出て行く。
どこへいくのか、少女も追いかけてさりげなく廊下に出てみれば、女の子は隣のクラスへ入って行くところだった。
質問レターを出したのは、どうやら隣のクラスの女の子のようだ。
直接やり取りするところは見られなかったが、きっと質問レターを出した子は返事が貰えて喜んでいるに違いない。
それ以上追及する気になれずに、少女はまた教室へと戻った。
一度そういう行為が目に付くと、少女の周りで質問レターが飛び交っている事に気が付いた。
出す相手もいない、自分には縁がない。
少女は遠い世界の事のように思っていた。
まだ恋に目覚めていない少女は、男の子を意識することなく、気さくに喋る。
隣の席になった男の子は特に、身近なのでふざけ合ったりしていた。
少女の隣の席の男の子は最初、物静かで恥ずかしがり屋だったが、気さくに少女から話しかけられ、偶然好きな漫画やアニメが同じで、少女に親近感が湧いた。
それ以来、よく話すようになった。
「その漫画なら全巻もってる」
少し得意げに男の子は少女に言った。
「へぇ、すごい」
「もういらないから捨てようと思ってたけど、欲しいならやるよ」
つい気が大きくなって男の子は言ってしまった。
「えっ、そんなのもらえないよ。だったら貸して」
「ああ、いいよ。学校に持ってくるの大変だから、家まで取りにこいよ」
男の子の家は、どこにあるか少女も知っていた。
自分の家に帰る途中、回り道をするだけで簡単に行ける。
でも、家まで取りに来いは少し躊躇ってしまう。
少女は適当に返事した。
男の子は律儀に「早く取りに来い」と何度も言ってくるが、その時は女の子も感謝の気持ちを込めて乗り気なのだが、やはりいつ行っていいものかわからなかった。
そんな中、席替えの日にちが迫っていた。
席が変われば、その男の子とは話す機会もなくなって疎遠になってしまうだろう。
女の子はそれでも自分から男の子の家に行けそうもなかった。
その男の子はクラスでも目立つ訳でもなく、かっこいいという訳でもなかった。
でも優しく、勉強もそこそこできて、少女が先生にあてられてわからないときはいつも助けてくれた。
そんなある日の昼休み時間、その男の子が離れた場所で友達と一緒になって紙に何かを書いていた。
女の子はそれをちらっと目にした。
楽しそうに笑いながらそこで何かが起こっていた。
見てみぬふりをして、あまり気にしなかった。
ところが、その放課後、その隣の席の男の子の友達がいきなり少女の目の前にやってきて、折りたたんだ紙を突き出した。
「これ、隣のクラスから回ってきた質問レター」
「私に?」
少女は恐る恐るそれを手にした。
暫く紙を持ったまま突っ立っていた。
少女は昼休みに見た光景をふと思い出した。
紙を持ってきた男の子も隣の席の男の子も、その他の男の子たちも笑いながら紙を囲んで何かをしていた。
それが手にした紙と繋がった。
女の子はそれを書いたのが隣の席の男の子だと思った。
実際その男の子だけが、紙に向かってシャーペンを走らせていたからだった。
「これ、からかってるの?」
女の子はつい口から出てしまった。
そしてその後も続いた。
「私、書いてるところ見たよ」
少女はそういうのに慣れてなかった。
もらって嬉しいけども、もしかしたらからかわれてるかもしれない。
紙を渡しに来た男の子は、少女にそう言われるや否や、すぐさま少女の手にあった紙をひったくった。
「ごめん、間違い」
その男の子はすぐさま紙と一緒にどこかへ行ってしまった。
少女は暫く呆然としていた。
一体何が起こったのか。
もしかして、隣の席の男の子からの質問レターだったのだろうか。
書いてる所を見たと言ったら取り上げられた。
都合が悪くなったということは、やっぱり図星だったのだろう。
あの紙には何が書かれていたのか。
気になるのなら黙ってもらっておけばよかった。
今となっては遅すぎた。
それから席替えが行われ、あれだけ仲良くなった隣の席の男の子とは離れてしまい、その後一言も話さなかった。
漫画を貸してもらう約束もなかった事のように忘れられてしまった。
それから暫くした学校の帰り道。
用事があっていつもと違う道を通って帰宅していたとき、あの男の子の家の前に出くわした。
少女は男の子と同じ苗字の表札をじっと見つめてしまう。
「こんなに近くだったんだ」
今、インターフォンを押したらどうなるだろう。
『漫画借りにきたよ』
きっと何事もなかったように貸してくれることだろう。
でも少女は、その男の子の家の前を素通りしていく。
席が離れると、全てがリセットされてしまった。
男の子とは席が離れてから話す機会が全くなくなってしまった。
すれ違ってもどちらも見てみぬふり。
でもお互いぎこちない。
離れて初めて、少女は切なくなる。
それでもどうすることもできないまま、中学二年の日々は静かに思い出に変わろうとしていた──
質問レターを素直に受け取らなかったことを後悔して。