小さな男の子が一人裏庭で遊んでいた。

 雨上がりの晴れた青空には虹が出ている。

 草木もフェンスもしっとりと濡れて、ひんやりとした風が男の子の頬をなでた。


 足元を見れば、一匹のカタツムリが、雨の滴が残った芝生の上でのっそのそ動いていた。


「カタツムリだ!」


 男の子は一目散にカタツムリの殻を掴んだ。

 カタツムリは異変を感じ、体を強張らしたように縮こませた。


「怖いの? ごめんね」


 男の子はそっとカタツムリをまた地面に置いてやった。

 しゃがんで、じっとみていたが、カタツムリは警戒してなかなか動かない


 心配して男の子は覗き込む。

 その時、カタツムリの目がにゅっと突き出てきて、揺れ出した。

 それが止まった時、男の子は自分が見られているような気がした。


「ファジー」


 男の子はカタツムリに名前をつけてやった。


 カタツムリは再び目を動かし、のそのそと体を動かし始めた。

 男の子は「バイバイ」と手を振り、ファジーをそっとしてやった。



 次の日、ファジーが気になって、男の子は再び裏庭を見に行った。

 すぐに見当たらなかったので、どこかに行ってしまったのかと思ったその時、男の子は声を上げた。


「あっ、ファジー?」


 でも昨日と様子がおかしい。

 ファジーをつかんで持ち上げると、憐みの目を向けた。


 空はまたどんよりと雲が広がり、今にも雨が降りそうになっていた。

 雨が降っては大変だと、男の子はそれと一緒に家の中へと入って行った。


「お母さん、お母さん、ファジーが大変、太りすぎて家に入れない。ものすごく大きくなっちゃった」

「ファジー?」

 母親は、何のことかわからない。


「雨が降りそうだし、家がないって可哀想だよね。しばらくここにおいていい?」

「友だちなの?」

「うん、いちおう」


 家に入れない子がいると思った母親は、「連れておいで」と言った。

「ここにいるよ」


 男の子が母親の目の前にファジーを差出すと、母親はとたんに悲鳴をあげた。


「それ、早く捨てて、手を洗いなさい」


 それは大きなナメクジだった。


「でも家がなくなってかわいそう」

 さらに母親に近づけると、母親は「キャーキャー」と騒ぎ立てた。


「お願い、早く捨てて」


 空からはすでに雨が降っていた。

 傘を持って男の子は裏庭に戻った。


 優しく芝生の上にナメクジを置いてやった。

 まだカタツムリとナメクジの区別のつかない男の子は、健気に語りかける。


「大きな家、早く見つかるといいね」


 持っていた傘を広げたままそっとナメクジの側に置いて、男の子は家の中へと戻って行った。