「あっ、タコ焼き村……」
キッチンで夕食の支度をする妻の耳に、その言葉が届いた。
振り返れば、夫が居間でソファーに座ってテレビを見ている様子だった。
夕方のニュース番組、ローカル特集で、そういう屋台が集まった場所が紹介されてるのだろう。
お好み焼き村は広島にある。
一つのビルの中に、たくさんの『広島お好み焼き』のお店がひしめき合っているような場所だ。
タコ焼き村もどこかにあっておかしくはない。
あるとしたら大阪だろうか。
気になりながらも、フライパンで忙しく炒め物をしている妻には、どんな画面が映っているのか観られなかった。
手を動かしながら妻は夫に話しかけた。
「『タコ焼き村』って何?」
「だから『タコヤキムラ』だけど?」
「そんなのがテレビに映ってるの?」
「うん」
妻は好奇心が益々疼き、ガスコンロの火を弱めて、テレビがある居間へと小走りに向かった。
だが妻が見た時、すでにCMになっていて、タコ焼き村の画像は見られなかった。
「あーあ、見逃しちゃった、タコ焼き村」
妻は不満から菜箸を宙で振り、がっかりした。
「タコヤキムラ、好き?」
夫が不思議な顔して訊いた。
「好きっていうか、行ってみたい」
「行ってみたい?」
「うん、もしかして大阪にあるのかな?」
妻はぼんやりと考えながら、キッチンに戻り、フライパンを再び手にして、激しく揺らした。
タコ焼きの話になったせいで、妻は無性にタコ焼きが食べたくなってしまった。
野菜と肉を適当に炒めた簡単な料理を見つめながら、この辺りのどこにタコ焼きが売っているか考え出した。
でも近くに売ってる場所はなかった。
諦めざるを得なかったが、その決断をする間、あまりにもぼっとしていたのか、夫がキッチンに来て、後ろから妻を抱きしめた。
「どうしたの?」
突然の事に、妻は少しびっくりするも、背の高いがっしりとした体格の夫と密着するとラブラブモードのスイッチが入った。
「ねぇ、タコ焼き村ってどこなの?」
炒め物に箸を入れて、妻は夢見心地にかき混ぜた。
「TVにうつってたけど」
「だから、今度そこに行こうよ」
「えっ?」
「テレビで観たんだから知ってるでしょ?」
「うん、ボクはタコヤキムラ知ってるけど…… タコヤキムラ好き?」
「行ってみないとわかんない。そこ美味しいといいね」
「おいしい? Why?」
「Why?って、えっ?」
「ただの、タコヤキムラだよ」
「だから、タコ焼き村でしょ、タコ焼きの」
妻はコンロの火を止め、フライパンを持ち上げると、夫は妻から手を離した。
夫は不思議そうな顔をして妻をじっと見ていた。
柔らかな金髪、優しい水色の目、妻の目にはハンサムに映る、アメリカンの夫。
国が違う食文化のため、タコ焼きは口に合わないから、行きたくないのかもしれない。
まあいいか。
妻は炒め物をお皿に移し、他に用意していたおかずやごはんと一緒に、テレビの前のテーブルに置いた。
そして食べ始めた時、夫がテレビを指差して言った。
「あれ、タコヤキムラ」
妻がテレビを見た時、そこには木村拓哉が映っていた。
あっ、タクヤ・キムラ…… タコヤキムラ…… タコ焼き村……
オーマイガッ!