「先代のことは聞いたのか?」

「少しだけ……」

「そうか。それなら、少し昔話でもしようか」


雨天様は視線で私を促し、再びどこかへ向かって歩き始めた。
赤い蛇の目傘を追うように、その背中について行く。


「私は昔、神使だった」

「え?」

「私はもともと、ここの神ではなかったのだよ」


ここの神様じゃなくて、神使だった。
その事実に驚く反面、先代がいたということは〝そういうことなのかもしれない〟とも思った。


「先代は、ある日どこからかやって来た私に甘味を出し、今の私たちのようにもてなしてくれた。だが、私にはあるべき場所がなかったようで、帰ることはできなかった」


雨天様は、それまでの記憶が曖昧な部分があり、自身が誰に仕えていたのか今も思い出せない、ということを話したあとで、寂しげに笑みを落とした。


「行く宛のない私に、先代は『ちょうど神使が欲しかった』と言い、自分に仕えないかと訊いてきた。先代は、この地域に雨を降らせる神様だったのだが、私は信頼できない者に仕える気はなかった」


「じゃあ、一度は出て行ったの?」


私の問いかけに、雨天様は「いや」と苦笑した。