「ひかり。なにも心配することはない」

「え?」

「ひかりがここをきちんと去る時は、もう私たちのことは見えなくなっている。もとの居場所……ひかりのあるべき場所に、必ず帰ることができる」


自然と眉を下げて不安をあらわにしていた私に、雨天様は「そういうものなのだ」と微笑んだ。
安心させようとしてくれていることは嬉しいのに、とても寂しい。


「見えなくなるのは嫌だけど……。ずっとここにいるわけにはいかないもんね。欲が深くなったらダメだもん……」

「コンから聞いたのか?」

「うん……」

「そうか。だが、あの者は、結果として幸せになり、天寿を全うしたのだ。だから、ひかりも幸せを掴めるさ」


蛇の目傘を差したまま空を仰ぐ雨天様は、柔らかな表情をしていた。
もうずっと昔のことを思い出しているのか、曇り空を見つめる横顔は懐かしさを滲ませている。


「雨天様は、ずっとここにいるのは嫌じゃないの?」


その横顔を見つめていると、心で考えていただけだったはずの言葉が声になってしまっていた。
しまった、と感じた時には、雨天様が私の方に向き直っていた。


傘の分だけ距離がある私たちの間に、さっきまでとは違った重い沈黙が広がっていった。