「……ああ、そういう言い方もあるな。私を勝手にポチなどと名付けた罰当たりな奴のことなど、眼中になかったはずなのに……。いつの間にか、あやつの声を聞いてもやれぬ自身に悔しさを覚えるようになった」


どうしてだろう。
まったく知らない、人ですらないお客様の話なのに……。
気づけば、涙がポロポロと零れ落ちていた。


「小娘、なぜ泣く?」

「……わかりません」


嘲笑混じりの笑みに、小さく答えた。
それは本音だったけれど、心がやけに痛いような気がしてたまらない。


「お前にはなんの関係もない話だろうに」


お客様は、小さな社でひとり、ずっと主の代わりを務めようとしていたのだろう。
そして、やって来た男性に心を動かされ、なにもしてあげられなかった自分自身への後悔を抱いている。


「私をポチなんて呼ぶような罰当たりな男のことなど、気にしてやらなくてもよいと思っておったのにな……。自身があの社から離れることになった今、最後の後悔が消えぬのだ……」

「離れる?」

「ひかり」


小首を傾げた私をたしなめるように、雨天様は首を横に振った。
私はハッとして、口を噤む。