「ああ、うまかった……。どら焼きなど、随分と久しぶりに口にした」

「以前もお召し上がりになられたことがあるのですか?」


狛犬のような風貌のお客様の正体はわからないけれど、少なくとも今のところ危害を加えられるようなことはなさそうで、そっと胸を撫で下ろした。
雨天様の質問に小さく頷いたお客様は、まるで想いを馳せるかのような瞳で頷いた。


(やしろ)によく来ていた人間が、いつも手土産のように供えてくれていた。変わった人間でな、私のような狛犬にも同じように用意してくれていたのだ。確か、ひがし茶屋街にある店のものだと言っておったな」

「なるほど。あなたがここにお越しになった理由がわかりました」

「我が社の主は、もう随分前に消えてしまった。山奥の小さな社であったが、この何十年かで人の手が入り過ぎたのだ。それでも私は、主がいない社に留まるほかなかった……」


お客様は、ふっと寂しげな笑みを見せた。
人間じゃないし、外見だって人間からは程遠いのに、表情の変化がよくわかるのはどうしてなんだろう。


「私ひとりが残された社に、ある日どこからともなく中年の男がやって来た。妻に先立たれたと言うそいつは、誰もいない社に祈りを捧げておった。私には、なにを祈っておったのかまではわからぬが、どこか寂しそうだった。それからだ、その男が月に何度かふらりと訪れては、主がいない形だけのご神体と私にどら焼きを供えて行くようになったのは……」


理由はわからないけれど、私はいつの間にかお客様を真っ直ぐ見つめていた。
そんな私を捕らえた琥珀色の瞳が、なにかをこらえるようにそっと天井を仰ぐ。