「どうぞ、こちらにおかけくださいませ」


私の時と同じように愛想よく振る舞うコンくんを見ながら、口をパクパクとしてしまう。
振り返って私を見たコンくんは、『大丈夫です』と唇の動きだけで伝えてくれたけれど、私は頷くこともできない。


目の前でゆったりと腰を下ろしたのは、人の形からは程遠い姿をした生き物。
明らかに人には見えないお客様は、狛犬が大きくなったような姿をしていて、その身体は座っていても天井までの空間を半分は埋めていた。


緑のたてがみに、全身を覆う新雪のような美しい被毛。
尻尾は金色で、瞳は鋭く光っている。


「失礼いたします。お客様、ようこそお越しくださいました。加賀の棒ほうじ茶でございます」


体を硬直させていた私は、部屋に入ってきたギンくんの声でハッとする。
私の強張った表情に気づいたギンくんは、コンくんと同じように『大丈夫です』と唇を動かして笑ったけれど、なにが大丈夫なのかはわからない。


ただ、コンくんとギンくんがいてくれるのは心強くて、不安に包まれながらもふたりの存在に救われているような気持ちでいた。
ギンくんはすぐに部屋から出て行き、またコンくんとお客様と私だけになった室内は静けさに包まれてしまう。


コンくんはただニコニコ笑っているだけで、特になにも話そうとはしない。
お客様は私を一瞥したものの、ぷっくりとした肉球がついた前足のような手で器用に湯呑みを持ってお茶を飲んでいた。