「だったら、どうしてひかりがここに来られたのだ? 術が効いていれば、二度と屋敷には来られないはずだろう」

「それは、コンにもさっぱり……」


もし、私が訪れなければ、きっとコンくんは叱られなかったに違いない。
途端に申し訳なくなって謝罪の言葉を用意しようとした時、「雨天様」という声が廊下に響いた。


「庇うわけではございませんが、確かにコンはきちんと術をかけておりました。ひかり様を眠らせたあと、私もきちんと確認しております」

「それは本当か?」

「はい。なんと言っても、人間のお客様は実に八十年ぶりです。コンも私も、慎重にならざるを得ませんでしたので」

「それは、確かにそうだな……」


ギンくんの言葉に納得した様子の雨天様は、私を見下ろしてじっと見つめてきた。
なにかを考えるように眉間にシワを刻んだ表情なのに、男性とは思えないくらいに美しい。


思わずぼんやりと見入っていると、雨天様は唐突に深いため息を漏らした。
そして、「わからぬ」とだけ言い放った。


「雨天様、それであの……」

「すまぬ、コン。確かに、術をかけた形跡はある。お前のことだから、うっかりして術が甘かったのだと思ったが、そういう様子もない」


私の全身に視線を走らせたあと、雨天様は「やっぱりわからぬ」とため息をついた。