靴を脱いで廊下を進み、見覚えのある襖に手をかける。
音を立てないようにそっと引けば、開いた襖の隙間から灰色の着物を身に纏った背中が見えた。


「……雨天様?」


恐る恐る口にしたのは、昨夜聞かされた名前。
その瞬間、バッと勢いよく振り返った男性の顔は、私の記憶の中の男性とまったく同じだった。


「ひかり……! なぜここに⁉」


目をまん丸にした雨天様は、縁側に腰かけていた体をこちらに向け、驚嘆の声を上げた。
自分の名前を呼ばれた直後、私は曖昧だった部分を含めた昨夜のことをすべて思い出した。


「なぜだ? どうやって来たのだ?」

「えっと、バスで橋場町まで来て、あとは普通に歩いて……」

「普通に歩いて? そんなわけがなかろう……」


立ち上がって私の傍にやって来た雨天様は、信じられないと言わんばかりの顔つきだったけれど。

「いや……どうやら本当のようだな」

程なくして、ひとりで納得したように呟き、困惑の表情でため息をついた。


「まったく……。コンの奴め、ちゃんと記憶が消えたのか確認しなかったのか」


そして、呆れ混じりの声を落としたあと、「帰りなさい」と告げられてしまった。