『まもなく終点、金沢です。お忘れ物の――』


車内にアナウンスが流れ、乗客たちが降車の準備を始める。
隣で眠っていた六十代前半くらいの女性は、ゆっくりと瞼を開けると、欠伸をひとつした。


「やっと着いたのねー。長かったわぁ」


ひとり言のようにため息混じりに呟いた女性が、荷台からボストンバッグを下ろした。
その言葉に、小さく苦笑してしまう。


私が知る限り、この女性は東京駅を出てから十分もしないうちに夢の中に旅立っていた。


たまたま乗り合わせただけの赤の他人の私に、『どこに行くの?』『今、高校生?』なんていう他愛のないことをいくつか訊いてきたかと思うと、自身は金沢にいる息子さんに会いに行くのだと嬉しそうに話していた。
その数分後、気づけば隣で女性が瞼を閉じていた時は、今の今まで話していたのに……と少しだけ感心したような気持ちになった。


眠気が吹き飛んだ顔で窓や前方を覗き込むようにしているところを見ると、女性はせっかちな性格なのかもしれない。
もしくは、久しぶりに息子さんと会えるのを心待ちにしているのか……。


「あなたは、ひとり旅なのよね。せっかくの大学の夏休みなんだから、気をつけて楽しんでね!」


新幹線が金沢駅に滑り込む直前、笑顔でそんな風に言い残してドアの方へと急ぐ女性の後ろ姿を見ながら、きっと後者だろうなと考えて、そっと微笑んだ。