「コン、そろそろ屋敷へ戻ろう」
ひかりが仕事を終えるまで池の前から動かなかったコンだが、私の声に満足げに笑ってみせた。
「こんなことを言っては怒られるかもしれませんが、コンはまたひかり様にお会いしたいです」
屋敷に戻る道すがら、コンは私の様子を窺うようにしながらもそんなことを口にした。
「なにを言っておる。これが本来の形なのだから、私たちはこれからもここからひかりを見守っていくのだ」
「……はい」
こんなことを言わなくても、コンは重々理解している。
それでも口にしてしまうほど、あの夏のひとときが幸せだったのだろう。
「ギンの甘味は、いったいどんなものなんでしょうねぇ」
寂寥感を隠すように、コンが私を見て笑う。
「想像もつかないな」
「コンはさきほどからずっと、腹の虫が鳴いております」
「コンはいつもだろう」
「そんなことはございません!」
膨れっ面になったコンが、寂しさを振り払うように走り出す。
「雨天様―! 早く戻りましょうー!」
それから、少し離れたところで振り返り、小さな手を大きく振った。
「私もお前と同じだよ、コン」
誰にも聞こえない囁きが、積もった雪の上に落ちていく。
「叶わないとわかっていても、ひかりとまた会いたいと思ってしまう」
この屋敷を守る主として、これがあるべき形だと理解しているのに……。ときどき、『雨が好き』と言ったあの笑顔を無性に恋しく思うのだ。
けれど、それは叶わない。
だから――。
「誰よりも幸せであれ、ひかり」
せめてもの願いを小さく紡ぎ、晴れた冬の青空を仰いだ――。
番外編 二【完】
2022/7/13 番外編追加
ひかりが仕事を終えるまで池の前から動かなかったコンだが、私の声に満足げに笑ってみせた。
「こんなことを言っては怒られるかもしれませんが、コンはまたひかり様にお会いしたいです」
屋敷に戻る道すがら、コンは私の様子を窺うようにしながらもそんなことを口にした。
「なにを言っておる。これが本来の形なのだから、私たちはこれからもここからひかりを見守っていくのだ」
「……はい」
こんなことを言わなくても、コンは重々理解している。
それでも口にしてしまうほど、あの夏のひとときが幸せだったのだろう。
「ギンの甘味は、いったいどんなものなんでしょうねぇ」
寂寥感を隠すように、コンが私を見て笑う。
「想像もつかないな」
「コンはさきほどからずっと、腹の虫が鳴いております」
「コンはいつもだろう」
「そんなことはございません!」
膨れっ面になったコンが、寂しさを振り払うように走り出す。
「雨天様―! 早く戻りましょうー!」
それから、少し離れたところで振り返り、小さな手を大きく振った。
「私もお前と同じだよ、コン」
誰にも聞こえない囁きが、積もった雪の上に落ちていく。
「叶わないとわかっていても、ひかりとまた会いたいと思ってしまう」
この屋敷を守る主として、これがあるべき形だと理解しているのに……。ときどき、『雨が好き』と言ったあの笑顔を無性に恋しく思うのだ。
けれど、それは叶わない。
だから――。
「誰よりも幸せであれ、ひかり」
せめてもの願いを小さく紡ぎ、晴れた冬の青空を仰いだ――。
番外編 二【完】
2022/7/13 番外編追加