「なんだ、この狐! きったねぇなぁ!」

「こんなところに来るんじゃない! 山へ帰れ!」

「コンッ!」

「ギンッ……!」


ギンが私に気づいたのと、私が叫んだのは、ほとんど同時のことだった。


神様が言った。
母が言った。
『ふたりで一緒にいたら大丈夫』と。


だから、欠けてはいけないのだ。
ギンも私も、どちらも欠けてはいけないのだ。
走り出した私の体は刀で切りつけられ、次いでギン共々蹴り上げられて、高く高く宙を舞った。


今日は新月だと、このとき初めて気がついた。
星はなく、月もなく、空からしんしんと雪が降る静かな夜だった。


目を覚ますと、人間たちが私を見ていた。
すぐ傍にはギンがいてホッとしたけれど、ギンの体は真っ赤に染まってボロボロで、私も全身が痛かった。


ギンはもう虫の息で、ギンのために取っておいた果実はどこにも見当たらない。
私は心の中で唱えた。


(大丈夫。ふたりで一緒にいたら大丈夫)


震える四本の足で立ち上がり、自力で動けないギンをくわえて一生懸命歩いた。


山に戻ろう。洞穴は暖かいし、近くには川もある。
食べ物は、あとで私ひとりで獲りに行こう。
フラフラとした足取りで、目も霞んでいく。


「ギン……もう少しですよ……」


ギンの呼吸音がよく聞こえなくて、私の心臓の音も小さく小さくなっていく。


ひがし茶屋街はひっそりとしていて、狭い路地には誰もいなかった。
これなら怖くない。ふたり一緒だから怖くない。


けれど、とうとう力尽き、私はギンをくわえたまま倒れてしまった。
最後に見えたのは、ギンの姿と大きな大きなお屋敷だった。