「ここに来てよかったよ」


心の底から漏れていた、本音。
それを口にすると、お父さんが『そうか』としみじみと零した。


『夏休みに余裕があれば、こっちにも帰ってこい。母さんも、兄ちゃんたちもひかりを心配してた』

「うん、わかった」


素直に頷けたのは、なんだかたくさん話がしたくなったから。
実家にいる時は息苦しく思うこともあったのに、今はその時の記憶が曖昧になっていく感覚さえある。


電話を終えたあと、荷造りをしようとしたけれど、荷物はすべて綺麗に片付いていた。
そういえば、昨日荷物を纏めたような気がしなくもない。


「やっぱり、寝惚けてるのかな」


自嘲混じりに笑って、着替えて顔を洗い、軽くメイクを施してから帰り支度を済ませた。
お父さんに言われた通りにすべての部屋の戸締りを確認し、さっき脱いだばかりの部屋着もキャリーケースに詰める。


荷物を持って玄関に向かう途中、軋む廊下の床板を何度か踏んだ。
静かな廊下に、ギシギシと音が響く。


お父さんたちはこの家を手放す方向で話し合いを進めていたから、これができるのは今日が最後になると思うと、自然と懐かしさとともに寂しさも抱いたけれど……。
不思議と、ちっともつらくはなかった。