「こっちだ」


言われるがまま足を踏み入れたのは、男性が背にしていた大きな屋敷の中だった。


格子になった門を潜ると、視界を占めたのは広い庭。
石に囲まれた池も見え、鬼ごっこやかくれんぼも充分できそうだ。


緑が生い茂った木は、松や梅だろうか。
どれもとても立派で、数年前に植えられたというようなレベルではなさそうだった。


「あの……」

「私の傍から離れるな。迷子になるぞ」

「迷子?」

「冗談だ。そんな顔をしなくても、なにも危険なことはない」


首を傾げた私に背中を向けたままなのに、彼はなぜかそんな風に言った。
その背中を見ながら、ますます首を傾けてしまう。


顔も見ずに言うなんて、私の声がよほど不安げだったのか、それとも私が気づいていない間に確認されていたのか……。
そのどちらでもないのかもしれない、という可能性も考えて怪訝な気持ちになったけれど、なぜかちっとも不安や恐怖はなかった。


不意に男性が足を止め、立派な格子造りの扉がゆっくりと開かれていった。
そして、振り返った男性が「おいで」と私を真っ直ぐ見つめた。