「朝が来たら布団から出て、学校や仕事に行ったり、家事をしたり……。そうして一日が始まってゆく。時には朝寝坊をして、一日中布団の中で過ごす日もあるだろうが、それをずっと続けるわけにはいかない」

「そうだね……」

「ずっと布団の中にいてはなにもできないし、気持ちがよい湯舟に浸かり続けていてもいつかはのぼせてしまう。そこがいくら心地好くて、快適であったとしてもな」


苦笑気味の表情は、私の背中を優しく押そうとしてくれている。
それに応える自信はないけれど、せめて視線を逸らさないでいようと思った。


「ひかりがここで過ごした日々は、ひかりの記憶の中からは消えてしまう。だが、心の中のずっとずっと奥では、きっとここでの日々で得たものが残っているはずだ」


忘れてしまうのに、残っているなんて……。
随分とご都合主義なドラマみたいだけれど、不思議とそうなのかもしれないと感じた。


「思い出すことはなくとも、ひかりはここでの日々で心を癒やし、少しだけ成長できたはずだ」


雨天様の言葉なら信頼できるような気がするのは、雨天様はこういう時に嘘をつかないから。
それに、気休めで安易なことを言ったりもしない。


「だから、なにも心配することはない。ここを去ってあるべき場所に帰ったら、また今までと同じように頑張ればよい」


優しい言葉に、私はどう返せばいいんだろう。
すぐにはわからなかったから、少しだけ自嘲混じりに笑った。