足早に歩くと、肌にじっとりと纏わりついていた空気が落ちていく感覚を覚え、同時にその分だけ体が軽くなったような錯覚を抱き、ますます足が速くなった。
暗く狭い路地裏の道に煽られていく不安も一緒に落としたくて、気づいた時には走っていた。


ゆらり、光が揺れる。
待って! と口にできないほど必死に走っていたことを自覚した直後、目指していた光まで十メートルを切り、三秒後にはその正体が明らかになった。


風に揺れているのは、まるで銀糸。
闇に浮かぶ銀は束になったような髪だと確信した時には、私の目の前には着物姿の男性が立っていた。


彼までの距離は、わずか二メートル。
夜風に揺れる銀髪に目を奪われていると、形の綺麗な唇がおもむろに開かれた。


「娘、ここでなにをしている」


疑問形のようでいて、どこか違う。
不思議な気持ちを抱きながらどう答えようかと悩みつつ、射るように私を捕らえている双眸に見入ってしまいそうになっていた。


灰色の着物に、深い灰色をした瞳。
男性は、どこか中性的な顔立ちをしているように見え、暗闇の中にいるはずなのにその相貌はやけに鮮明だった。