「ああ、ただの夏バテだ。どうも歳を取るとダメだよなぁ」

「あの……じゃあ、大丈夫なんですか?」

「入院は、念のためだとさ。昨日入院して、明日の朝に問題がなければ、午後には帰って来る予定だ」

「よかった……」


ホッと胸を撫で下ろすと、コンくんも安堵の息を吐いているところだった。
奥さんが好きなのはコンくんも同じだし、お互いの顔にはきっと不安の色が濃く出ていたに違いない。


「まったく……。だから、言ったんだ! 昨日はちょっとしんどそうだったから、無理して買い物になんか行かなくていいって」

「体調が悪いのにお買い物に行かれたのですか?」


手を止めたままのコンくんが眉を下げれば、猪俣さんが少しだけ気まずそうな顔をした。
なんだろう、と思っていると、シワがたくさん刻まれた顔が照れ臭そうに背けられ、太い指が頭をポリポリと掻いた。


「昨日は結婚記念日だったんだ」

「そうだったんですか? おめでとうございます!」

「この歳になっても、まだ祝うなんて言うから、こっちはいいって言ったんだけどさ。祝うって言って譲らないから、代わりに買い出しに行こうとしたら、それも止められたんだ」

「なにか理由でもあったんですか?」


きっと、そうに違いないと思いながらも訊けば、猪俣さんは呆れ混じりに笑った。