雨天様のお屋敷でお世話になり始めてから、十日が過ぎた。
ここでの生活は規則正しく、毎日が驚きと戸惑いと笑顔の連続で慌ただしいけれど、まるで自分の家にいる時のように居心地はとても良かった。


おばあちゃんの家を手放す前にあそこで過ごしたいと思って、金沢を訪れたはずだったのに……。
その気持ちは変わっていないものの、このままここにいたいという気持ちも拭えない。


もちろん、そんなことは叶わないとわかっているからこそ、いつ来るのかわからない別れの時までの日々を楽しもうと決めた。
だって、記憶を失くすと知っていても、みんなと笑顔で過ごしたいから。


「雨天様、もち米が炊き上がりました」

「小豆もそろそろできるぞ」


縁側でお茶をして以来、私は時間が許す限り台所で過ごすようになった。
最初は小豆の作り方を見せてもらうだけだったのに、雨天様やギンくんの仕事を見ていると楽しくて、甘い香りに包まれるこの場所につい足が向くようになっていた。


「ああ、よい香りですねぇ。コンは、お腹と背中がくっつきそうです」

「なにを言っているのですか、コン。ついさきほど、お昼をいただいたばかりでしょう」

「バカですね、ギン。この世には、別腹というものがあるのですよ」


私と同じように台所に遊びに来ていたコンくんに、ギンくんは呆れたような視線を送っている。
ふたりのやり取りが微笑ましくて、もうすぐ炊き上がるであろう小豆を横目にクスクスと笑った。