“優しく”
そういった父さんが本当に優しくしてくれたことなんて、今まででただの一度もなかった。
“痛くないから”
“大丈夫だから”
父さんはいつも、そんな絵にかいたような偽善のセリフを言って、僕を騙すんだ。
ある時は痛くないからと言って、髪の毛を引っ張り、頬を叩いた。
またある時は大丈夫、空腹が辛いのなんて一瞬だと言って、一週間ご飯を与えなかった。
今だってそうだ。父さんはきっと、とんでもないことをしようとしている!!
「アハハ、そんなに怯えるなよ。大丈夫だ。な?」
――しまった。
後ろに下がりすぎたのか、背中が壁に当たった。
直後、僕は父さんに腕を引かれ、無理矢理キッチンに連れていかれた。
「あっ、熱うぅぅっ!? 父さん、熱い!!」
百度ほどの熱いポットを開けると、父さんはそれに、僕の腕を勢いよく突っ込んだ。
「大丈夫、もう少しの辛抱だ。両手足が使えなくなったら、すぐに冷やしてやるからな」
その言葉に、心底ゾッとした。
やっぱり、大丈夫だなんて嘘だった。
「すぐに冷やしてよ! あっ、あっ、熱うぅっ!!??」
まるで体を炎で焼かれてるかのような痛みが、僕を襲った。
「うるさいなぁ……。わかったわかった。すぐに冷やしてやるから、ちょっとこっちに来い」
父さんは僕の火傷してない方の腕を引っ張り、僕を無理矢理庭に出した。
そして、庭の隅に置かれたバケツの中にぬかるんだ泥と水を入れた。
――まさか、それをかけようっていうのか?
「嫌だ……」
「蓮見どうした? ほら、冷やしてやるからこっちに来い」
僕は、首を振って嫌がった。
火傷した手の痛みと、恐怖で足がすくんで動かない。
早く逃げないとひどい目に遭うってわかってるのに、足は鉛のように重い。 ……動け。早く動けよ!! 逃げないと……。逃げないとダメなんだよ! ビビってんじゃねぇよ!!
「――ゲボっ!? ゲホゲホっ!!」
バケツの中にできた泥水を、父さんは僕の顔に向かって、勢いよくぶっかけた。腕の痛みが引くと同時に、泥水をかけられた僕は、猛烈な不快感に襲われる。
「うわっ、アハハ、蓮見お似合いだな」
父さんはそんな風に苦しみもがく僕を見て、声を上げて笑った。



