楽園が、僕らを待っている。



「あのっ、幸味夜さん……」
 涙を拭って、俺は切り出した。
「ん?」
「なんで幸味夜さんは、俺を引き取ろうとしてくれたんですか? 言いましたよね? 俺が今にも死にそうだったからって。でも、本当にそれだけですか? ……俺、今まで病院では体中にある傷と目のことで、何度も医者にも患者にも心配されました。でも、こんなに寄り添ってくれたのは、幸味夜さんが初めてです」

 俺の頭を撫でて、幸味夜さんは優しく言った。

「……蓮、私はね、人身売買の上手い商売人の子供の長女として生まれたの。四人の弟と妹がいて、毎日平和だったよ。親とも兄弟とも、喧嘩なんてしたこともなかった。……両親が人身売買をしていると知るまではね。十歳になったある日、父親は私にナイフを持たせて、言ったの。――妹の腕を切り落とせって。もちろん、首を振って嫌がったわ。でもそうしたら、頬を血が出るまで叩かれた」
「えっ……」
 あまりに酷い内容に、俺は思わず、戸惑いの声が漏れた。


「その日の夜、私は、両親が寝ている間に、四人の妹と弟を連れて、家を出たわ。それ以来両親には会っていない。きっとあの人達は、私達の代わりに養子を引き取って、また商売道具にしようとしてるわ。でも、私はそれがわかってても、その子を救えなかった。……いや、両親が怖くて、救おうともしなかったの。とんだ意気地なしよね……」
 瞳から零れた大粒の涙を片手で拭いながら、幸味夜さんは言う。
「違う!! だって幸味夜さんは、俺を助けてくれた!」
 瞳から零れた大粒の涙を拭いもせずに、俺は必死で叫んだ。
「蓮、それはただの自己満足よ。目に見えた事件は救っておきたいと思うだけ」
「それでも、幸味夜さんは俺に、色を教えてくれた。家族だって言ってくれた!!」
 それだけで、俺がどれだけ救われたことか……。
 俺は幸味夜さんに会えたおかげで、やっともう一度だけ人を信じてみようと思えたんだ。
「……蓮、それでも、私がその子が危ない目に遭うとわかってて、見て見ぬふりしたのも事実よ。私は最低よ」