楽園が、僕らを待っている。

 
 ――どうする?

 今日一日一緒にいてやっとわかった。この人は、きっと虐待のことを教えても、俺を捨てようとはしない。

 じゃあ、話してみるか?
 でも、それでもし幻滅されたらどうする? 

「あっ、ごめん! ……いないんだよね?」
「……それ、嘘です。俺、父親も母親もいます。普通に生きてます。まあ俺が生まれてすぐに二人は離婚しちゃったんで、母親のことは殆ど覚えてないんですけど」
 気遣うように言われた“いない”って言葉にかぶせて、俺は言った。
 何を迷ってるんだ。ばかばかしい。幻滅されたら、所詮この人もその程度の人間だったってだけだろ。

「えっ、じゃあ、何であんな嘘……」
「話したくなくて、言いました。すみません。……俺、父親に虐待されてたんです。それが原因で、モノクロームになりました。幻滅しますか?」

 引くなら引け。同情するならすればいい。かわいそうだねとか、辛かったねとか、そういうその場しのぎの言葉は、今更言われても傷つかない。

 かわいそうだから何をしてくれるの? 
 辛そうだから、どうしてくれるの?

 ありきたりな言葉だけ言って、何も俺の家の事情に首突っ込んでくれたり、心の支えになってくれたりしないことの方が、俺は辛い。

 幸味夜さんもそんな風だったあの医者みたいに、何もしてくれないのかな……。そうだとしたら、そんな人にほんの少し優しい言葉をかけられただけで傍にいるといった俺は、随分滑稽だな……。やっぱり、この人を信じなくて正解だったのかな……。
「幻滅なんて、するわけないじゃない。……蓮、今まで起きたことは、全部忘れな。もう沙目島蓮見なんて名前の君は消えたの。君は正真正銘生まれた時から私の子で、本当の親なんていない。ね?」
 そう言って、幸味夜さんは優しく俺に笑いかけた。
「……はいっ!」
 幸味夜さんが言ってくれたその言葉だけで、俺は救われた気がした。
 俺はここからまた、自分の人生を始めるんだ。……いや、今俺は、生まれて初めて、自分の人生の道を自分で決める権利を、何にも縛られずに生きる権利をもらったんだ。
 そう思えただけで、俺はまた涙が零れた。