「えっとじゃあ、貴方の名前は……?」
「――幸味夜。井吹幸味夜。幸せな味に夜でさあや。結構変わってるでしょ? 君は?」
「……蓮見。沙目島(さめじま)蓮見です」
「そっ。じゃあ、君は今日から蓮ね」
「蓮……?」
「そっ。 私が買い取ったからには、君はもう私の子も当然なのよ。親が子に名前を付けるのは当然でしょう?」
僕に片手を差し出すと、そう言って、幸味夜さんは爽やかに笑った。
「はい……」
震えている手を、僕は恐る恐る幸味夜さんの手に重ねた。
「よし、契約成立ね。これで君は、今日から完全に私の家族よ。よろしく、蓮!」
僕の手を強く握りしめて、幸味夜さんは言った。
「はい……っ!」
誰かに手を握られたのなんて、初めてだった。それだけで、僕はまた泣けてしまった。誰かによろしくと言われるのを、こんなにも嬉しいと思う日が来るなんて、思いもしなかった。
それはまさに、下らないと思っていた世界に、光が射した瞬間だった。
毎日が地獄で、もういっそのこと明日死んだって構わないと思っていたのに、僕は幸味夜さんとなら、生きたいとさえ思った。
「全く君は涙もろいねぇー?」
もう片方の手で泣いた僕の背中をそうっと撫でながら、幸味夜さんは、呆れたように笑った。



