行く宛もなかった僕は、何時間も適当に町を歩いた。
ふと気になって、僕はポケットから財布を取り出し、中身を確認した。一万円が十枚もない。父さんはめんどくさがりで金を銀行に預けたりなんてめったにしないから、どうせこれが全財産なんだろう。僕は手術もしてないから治療費も大して高くないのにこんなことになってるんだから、僕が家からいなくなってから、ただでさえ出世を約束されていたからって、人一倍荒かった金遣いが、余計荒くなったんだろうな。まあ、少なくても残ってただけまだマシか。そう思って、僕はこれから独りで生きていくのかと思うと、前途多難すぎるこの状況を無理矢理頭の中で納得させて、財布をポケットにしまい、また歩いた。
「ちょっとお姉さーん、人身売買とか興味ない?」
名前も知らない町の横断歩道が青信号になるのを待っていた時、僕は背後にいた誰かから、そう声を掛けられた。
物騒な内容に驚いて、僕はつい反射的に後ろに振り返った。
するとそこには、白い髪の毛を腰まで伸ばしたまつげの長い女の人がいた。
「……あ、君もしかして男? 嘘―、髪長いし痩せてるからわかんなかったー。ま、いいや。もう一回聞くね? お兄さん、――人身売買とか興味ない?」
頭を抱えて、まるで失敗したーとでもいわんばかりに肩を落とした後、彼女は僕の顔を覗き込んで、口角を上げて、怪し気に微笑んだ。
――人身売買。その言葉を聞くと、つい、今朝父さんの留守電で聞いた“足の一本売るでもなんでもして金を稼げ”という言葉が、頭をよぎった。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
嫌なことを思い出したせいか吐き気を催した僕の顔を心配そうに覗き込んで、彼女は言った。
「……あるっ」
「え?」
「はぁっ。……興味なら、ある」
僕は彼女の心配した声をわざと無視し、言った。



