楽園が、僕らを待っている。

 
  先生の腕から力が抜けたのを見計らって、僕は腕を勢いよく振りほどいた。
 そして、僕は逃げるように病室を出て、そのまま病院そのものから抜け出した。
ふと、僕は家の近くに着いてから、追いかけて来る医者が誰一人いないことに気が付いた。
 ……先生、僕が脱走したこと上司に喋らなかったのか。
あの先生は、最期の最後だけ僕の意志を尊重してくれた。そう思うと、苦しくて涙が零れた。
 ……最初から、そういう風に僕の意志を尊重してくれたらよかったのにな。心が苦しくて、涙はとめどなく零れた。

「……ただいま」
 五年ぶりに家に帰ってきた僕は、合鍵を使って家のドアを開けると、小さな声でそう言った。
 靴を脱いで廊下を歩き、突き当りにあったダイニングキッチンのドアを、音をたてないようにそうっと開けた。
 すると、そこにあったソファの上で、父さんがスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。そんな父親の姿を見て、僕は今日が土曜日で、父さんの仕事が休みなのを思い出した。父さんは、休みの日は何時間もぶっ通しで眠っていることが多い。きっと、今日もそうなのだろう。

 ――逃げるなら今しかない。
そう思った僕は、階段を上がって自分の部屋に行くと、すぐに病衣を脱いで、白シャツにジャケットを羽織り、スキニーを履いた。そして、タンスの中にあった財布に家の中にあるありったけの現金を突っ込むと、スマフォと財布をスキニーのポケットに突っ込んで、家を出た。
 最期の最後にした反抗がまさか金をあるだけ持っていくだけなんて、本当に、僕はどれだけ意気地なしなのか。父さんを一発殴るくらいすればよかったのに。

 まあでも、反抗できただけいいか。どうせ、目を覚ましたら、僕が金を盗んでいようとそうじゃなかろうと、あの父親は暴力を振るってくるのだから。そんなクソ親に反抗できただけ、まだマシだ。