第二章
1
高校が違っても、僕と椎名の関係は途絶えなかった。
通学に使う電車が一緒だったということもあり、ホームで会うことが多かった。特に、朝は遭遇率が高かった。でも、以前のように、何処かへ出掛けるということはなくなっていた。学校が違うから、予定がなかなか合わなかった。仕方のないことだけど、少し寂しかった。
ほんの少しだけ心が成長した僕は、なるべくまともに生活しようと思った。クラスでの位置付けとしては、大人しい男子となれるようにしようと思った。努力して、日常会話くらいなら話せるような関係の人を作った。普通の、何処にでもいるような高校生を目指したし、結構、上手くやれていたと思う。
けど、椎名のいない高校生活は、とても退屈だった。
つまらない授業を受けているとき、僕は、よく椎名と過ごした日々を思い出していた。そうすることで、少しでも彩を得ようとした。日常を保とうとしていた。どうしてもというときだけ、メールを送った。返事は、いつもすぐに返ってきた。
その『いつも』との違いで、僕は椎名が死んだことを知った。
椎名が死んだ日のことを、僕は一生忘れられないだろう。
その日の朝、僕は椎名と駅で会わなかった。僕はいつも通りの時間に出ていたし、たぶん、寝坊したとか、用があって早く行ったとかだろうと思っていた。そういうことが度々あったし、今日のもそれだと思った。
でも何故か朝のことがどうしても気になって、昼休みに椎名にメールを送った。
『今朝、どうしたんだ?』
すぐに返事が来ると思った。いつものように、速攻で返ってくるだろうと思った。でも、いつまで待っても、椎名から返事は来なかった。
きっと、家に携帯を忘れたのだろうと思った。そう思わないと、おかしくなりそうだった。このとき、僕は何ともいえない不安でいっぱいだった。だから、忘れたのだと言い聞かせることで、安定を図ろうとしていた。
家に帰って、しばらく待っても、椎名からの連絡はなかった。
その代わりに、家の固定電話が鳴った。夕飯を食べているときだった。
母が電話を取って、何やら話を聞いているのを横目で見ていた。
母の顔色が、どんどんと青ざめていく。僕は特に気にしていなかった。
受話器を置いた母が言った。
「椎名さんが、今朝、亡くなったって」
その瞬間、僕の世界は反転した。
軽く目眩がした。
手の力が抜けて、持っていた箸が滑り落ちる。
小気味いい音がリビングに響いたけど、僕の耳には何も響いていなかった。
椎名が死んだ。
夢でも見ているのかと思った。
現実だと、認識したくなかった。理解したくなかった。
僕は何度か人間の死に触れてきた。だけど今回のことは、そのどれもとは違う感じがした。少なくとも、これまでは、目の前にある死を受け入れていた。でも、椎名のことになると、途端に受け入れることが出来なかった。拒否していたという方が正しいかもしれない。
椎名の葬式は、少し遅れた。
自殺が疑われていたというのもあるし、死亡理由がまるでわからなかったからだ。
結局、椎名の死因は心不全となった。理由がはっきりしないとき、そう結論付けられることが多いと、何処かで聞いたような気がした。
葬式で椎名の遺体を見ても、僕は受け入れることが出来なかった。
椎名じゃないような気がした。他の誰かなのではないかと思った。単純に、棺桶だったり、花が供えられたりしていたから、そう見えただけなのかもしれない。いずれにしても、現実逃避であることには変わらなかった。
ふと会場の入り口を見たとき、誰か、こっちを見ているような気がした。距離があったせいで正確なことはわからないが、受付よりもさらに向こうに、制服を着た女がいるように思う。その子は、すぐにいなくなった。もしかしたら、椎名の知り合いだったのかもしれない。
そして僕は言葉を失う。
突然話さなくなった僕に、クラスメイトは怪訝そうな視線を向けてきた。けど、どうでもよかった。僕からしてみれば、本来の姿に戻っただけでもあった。
椎名が死んだことで、僕は今まで以上に死について考えるようになった。
死ぬ瞬間というのは、どういう感覚なのだろうか。
走馬灯は、本当に見えるのだろうか。
椎名は、死後の世界に行けただろうか。
幽霊になることは出来るのだろうか。
もし、幽霊になったら、どういう感じなのだろうか。
そんな途方もないことを考える日々が続いた。死というものが、身体の内側に入ってくるようだった。いつしか、死への恐怖だとか、そういったものは完全に消え去った。
死を受け入れた僕は、漠然と、死にたいと考えるようになった。
そして、こうとも考えるようになった。
死ねば、椎名に会える。
僕は、死ぬことを決めた。
死ぬための準備がスムーズにいったのも、死ぬことに対して戸惑いがなかったからだろう。
全てが完璧だった。
ただ一つ、七緒と出会ったこと以外は。
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高校が違っても、僕と椎名の関係は途絶えなかった。
通学に使う電車が一緒だったということもあり、ホームで会うことが多かった。特に、朝は遭遇率が高かった。でも、以前のように、何処かへ出掛けるということはなくなっていた。学校が違うから、予定がなかなか合わなかった。仕方のないことだけど、少し寂しかった。
ほんの少しだけ心が成長した僕は、なるべくまともに生活しようと思った。クラスでの位置付けとしては、大人しい男子となれるようにしようと思った。努力して、日常会話くらいなら話せるような関係の人を作った。普通の、何処にでもいるような高校生を目指したし、結構、上手くやれていたと思う。
けど、椎名のいない高校生活は、とても退屈だった。
つまらない授業を受けているとき、僕は、よく椎名と過ごした日々を思い出していた。そうすることで、少しでも彩を得ようとした。日常を保とうとしていた。どうしてもというときだけ、メールを送った。返事は、いつもすぐに返ってきた。
その『いつも』との違いで、僕は椎名が死んだことを知った。
椎名が死んだ日のことを、僕は一生忘れられないだろう。
その日の朝、僕は椎名と駅で会わなかった。僕はいつも通りの時間に出ていたし、たぶん、寝坊したとか、用があって早く行ったとかだろうと思っていた。そういうことが度々あったし、今日のもそれだと思った。
でも何故か朝のことがどうしても気になって、昼休みに椎名にメールを送った。
『今朝、どうしたんだ?』
すぐに返事が来ると思った。いつものように、速攻で返ってくるだろうと思った。でも、いつまで待っても、椎名から返事は来なかった。
きっと、家に携帯を忘れたのだろうと思った。そう思わないと、おかしくなりそうだった。このとき、僕は何ともいえない不安でいっぱいだった。だから、忘れたのだと言い聞かせることで、安定を図ろうとしていた。
家に帰って、しばらく待っても、椎名からの連絡はなかった。
その代わりに、家の固定電話が鳴った。夕飯を食べているときだった。
母が電話を取って、何やら話を聞いているのを横目で見ていた。
母の顔色が、どんどんと青ざめていく。僕は特に気にしていなかった。
受話器を置いた母が言った。
「椎名さんが、今朝、亡くなったって」
その瞬間、僕の世界は反転した。
軽く目眩がした。
手の力が抜けて、持っていた箸が滑り落ちる。
小気味いい音がリビングに響いたけど、僕の耳には何も響いていなかった。
椎名が死んだ。
夢でも見ているのかと思った。
現実だと、認識したくなかった。理解したくなかった。
僕は何度か人間の死に触れてきた。だけど今回のことは、そのどれもとは違う感じがした。少なくとも、これまでは、目の前にある死を受け入れていた。でも、椎名のことになると、途端に受け入れることが出来なかった。拒否していたという方が正しいかもしれない。
椎名の葬式は、少し遅れた。
自殺が疑われていたというのもあるし、死亡理由がまるでわからなかったからだ。
結局、椎名の死因は心不全となった。理由がはっきりしないとき、そう結論付けられることが多いと、何処かで聞いたような気がした。
葬式で椎名の遺体を見ても、僕は受け入れることが出来なかった。
椎名じゃないような気がした。他の誰かなのではないかと思った。単純に、棺桶だったり、花が供えられたりしていたから、そう見えただけなのかもしれない。いずれにしても、現実逃避であることには変わらなかった。
ふと会場の入り口を見たとき、誰か、こっちを見ているような気がした。距離があったせいで正確なことはわからないが、受付よりもさらに向こうに、制服を着た女がいるように思う。その子は、すぐにいなくなった。もしかしたら、椎名の知り合いだったのかもしれない。
そして僕は言葉を失う。
突然話さなくなった僕に、クラスメイトは怪訝そうな視線を向けてきた。けど、どうでもよかった。僕からしてみれば、本来の姿に戻っただけでもあった。
椎名が死んだことで、僕は今まで以上に死について考えるようになった。
死ぬ瞬間というのは、どういう感覚なのだろうか。
走馬灯は、本当に見えるのだろうか。
椎名は、死後の世界に行けただろうか。
幽霊になることは出来るのだろうか。
もし、幽霊になったら、どういう感じなのだろうか。
そんな途方もないことを考える日々が続いた。死というものが、身体の内側に入ってくるようだった。いつしか、死への恐怖だとか、そういったものは完全に消え去った。
死を受け入れた僕は、漠然と、死にたいと考えるようになった。
そして、こうとも考えるようになった。
死ねば、椎名に会える。
僕は、死ぬことを決めた。
死ぬための準備がスムーズにいったのも、死ぬことに対して戸惑いがなかったからだろう。
全てが完璧だった。
ただ一つ、七緒と出会ったこと以外は。